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売らない時間が、売上をつくる。


―夜、十時の電話から、年間250ラウンドへ。人を信じ、結果から逃げない営業の話―
株式会社ウィスカーマン 代表取締役 田中 佑樹
星座出版 2026.10.14

プロローグ
取れるかどうかじゃない。取る

【登場人物】

田中佑樹――ある営業会社の新人(当時24歳)。のち株式会社ウィスカーマン代表取締役。

社長――ある営業会社の社長。

二〇一一年、夜。

東京。小さなオフィス。

田中は、受話器を置いたところだ。既に電話には誰も出ない。会話できたと思ったら営業終了のアナウンスばかりだった。

壁の時計は、九時五十分を指している。

田中「これ、本当に取れるんですかね」

社長は、顔も上げない。

社長「取れるかどうかじゃない。取るんだ」

田中「……」

会話は、それだけだった。

十時になる。

営業先の社長たちが店を閉め、一日の現金を数え終え、事務所へ戻ってくる時間だ。

田中は、もう一度、受話器を上げる。

ごあいさつ

株式会社ウィスカーマンの代表取締役をしている田中佑樹です。

ウィスカーマンは、営業支援の会社です。私は年間およそ250ラウンド、ゴルフをプレーします。約4000人の経営者とのつながりをもとに、経営者と経営者をゴルフ場で結び、お客様の売上をつくる。約束した売上に届かなければ、未達分はお返しします。返金保証つきの営業支援で、顧問先はおよそ60社になりました。

こう言うと、ゴルフで経営者を紹介する会社だと思われるかもしれません。けれど、単なる紹介業ではありません。ゴルフイベントの会社でもありません。私たちが扱っているのは、人と人との間に生まれる信頼です。

いま読んでいただいたとおり、24歳の私は、夜十時に営業先へ電話をかけていました。会うために、電話をかけ続けた。いまは、会っても、すぐには売りません。まず、一緒にゴルフをします。18ホールを歩き、笑い、失敗し、人間を知る。仕事の話は、そのあとでいい。売り方は、あの頃と真逆になりました。

なぜ、これほど人との時間にこだわるのか。なぜ、売上が届かなければ、自分のお金を返すのか。その答えは、4000人の人脈の中にはありません。十年間、誰にも話さなかった最初の会社での歳月と、一度すべてのつながりを消した七年の空白にあります。

これは、営業の成功物語ではありません。失った時間も、報われなかった努力も、消えてしまった事業も、全部にいまの仕事をさせてきた、その話です。

24歳の夜にもらった言葉に、私は自分の一句を足しました。

「取れるかどうかじゃない。取る。自信があるなら、返金保証すればいい」

売らない時間が、売上をつくる。それを確かめる旅に、少しの間、お付き合いください。

第一章
2000社しかないなら、何周でもする

〔年表〕

【二〇一一年】 23歳、創業間もない営業会社へ入社。ある業界に特化した新規営業を担当。

「切れちゃいました」で、またかける

営業先は、全国におよそ2000社しかありませんでした。

毎日100件、200件とかければ、一週間ほどで一周します。それでも、また一番上からかけ直しました。

断られる。切られる。また、かける。

ガチャ切りをされれば、二時間後にもう一度電話をしました。

「先ほど、切れちゃいました」

本当に回線が切れたような顔で、話を続けます。

しつこいと言われれば、そのとおりです。ただ、私には、断られた回数を数える習慣がありませんでした。数えていたのは、次に自分が何をするかだけです。

相手が電話に出るか。話を聞くか。契約するか。

それは、私には決められません。

自分に決められるのは、もう一度かけるかどうかだけです。

「取れるかどうかじゃない。取るんだ」

この言葉で、私の中から迷いが消えました。

取れる根拠を探すのではない。取れるまで、自分にできることを変え続ける。

悩みだったものが、行動に変わりました。

夜十時に、社長は戻ってくる

ただ同じことを繰り返していたわけではありません。

電話をかけ続けるうちに、相手の生活が見えてきました。

営業先の社長たちは、夜、店を閉めます。その日の現金を数え、事務所に戻る。午後十時を過ぎれば、社長本人が電話に出る確率が上がります。

だから私は、午後十時から深夜零時まで電話をかけました。

根性に見えて、実際には観察でした。

出るか出ないかは、相手の事情です。

何時に、どんな言葉で、もう一度かけるか。それが私の仕事です。

「洗車の田中です」

電話で駄目なら、会いに行きました。

「無料で洗車させてください」

そう頼み、営業先の車を洗ったこともあります。

目的は、その場で売ることではありません。顔を覚えてもらうことでした。

次の電話で、こう名乗れます。

「先日、洗車した田中です」

もっとも、最初は腕時計を外さずに車を洗い、会社へ戻って厳しく叱られました。車を傷つけて弁償になれば、何のための営業か分かりません。

次から、時計は外しました。

私は、最初から完成された営業マンだったわけではありません。失敗し、叱られ、それでも止まらず、次の一手に変えてきました。

同じことを繰り返すのではない。

目的は変えず、方法を変える。

いまのウィスカーマンの原型は、すでにこの頃にありました。

第二章
やり切った先で、心が止まった

〔年表〕

【二〇一二年】 売上目標を達成し続け、10人未満の組織でNo.3に。

【同年】 処遇と新規事業をめぐり、退社

達成する人間は、理由を並べない

その会社で、私は結果を出し続けました。

入社一年で幹部になり、小さな組織の実質的なNo.3になりました。

目標を決めたら、達成するまでやる。

達成できない理由なんて、いくらでも並べられます。でも、達成する人間は、並べない。それだけの違いです。

私の仕事の基礎は、あの会社でつくられました。

それまでは、なんとなくの人間力で売れていました。そこに、目標から逃げず、達成するまで行動を変え続ける「型」が入った。

だからこそ、簡単には離れられませんでした。

「今までの苦労は、何だったんだ」

何年も、同じ2000社へ電話をかけ続けました。会社にも尽くしました。

その先で、新しい事業に挑戦したいと申し出ました。

しかし、思うようには進みませんでした。

やがて、あれほど動き続けていた心が、動かなくなりました。

会社に行きたくない。

今までの苦労は、何だったんだよ。こんちくそ、と思いました。

私は、会社を辞めました。

やり切った。そのうえで、自分の努力がどこへ向かっているのか、分からなくなったのです。

この経験は、のちに私が「結果」と同じくらい「誰が責任を引き受けるか」にこだわる理由の一つになります。

この話をするのは、十年ぶりです。

仕事の型を教わり、誰よりも結果を出し、それでも最後には心が動かなくなった。

私にとって、最初の会社は、ただの成功体験でも、ただの苦い記憶でもありません。

いまの自分をつくった原点だからこそ、簡単には語れない歳月でした。

当時の私には、まだ分かっていませんでした。

仕事だけではない場所でも、ひとつの大きな空白が始まっていたことを。

第三章
七年間、世の中から消えた

〔年表〕

【二〇一五年】 27歳頃、結婚。SNSのアカウントをすべて削除

【二〇二二年】 34歳、離婚。約七年ぶりにSNSを再開

数千人とのつながりを、一日で消した

私は、27歳で結婚しました。

相手は、SNSを好みませんでした。

いい夫でいたかった私は、FacebookもTwitterもLINEも、大学時代から続いていたつながりも、すべて消しました。数千人のフォロワーがいたアカウントも、一日でなくなりました。

削除するのは、一日でした。

そこから、七年間。

田中佑樹という人間は、友人たちの前から消えました。

中学や高校の同級生の間では、死亡説まで流れていたそうです。

十三年前の隣に、今日が現れた

34歳で離婚し、私はSNSを再開しました。

Instagramを開くと、十三年前の投稿の隣に、今日の投稿が並びました。

急に生き返った人みたいで、我ながら不気味でした。

人生で、もっとも人とのつながりが広がるはずの20代半ばから30代前半。その時間が、私の履歴から、まるごと抜けていました。

事業を売却し、上場企業で責任者を務め、実績を重ねても、スタートアップの世界で名前が広がりきらない。

その理由は、この空白にあると思っています。

人をつなぐ仕事をしている人間が、かつて、自分のつながりをすべて消したことがある。

この七年に、分かりやすい教訓をつけるつもりはありません。

ただ、一度、人とのつながりが消えることを知った人間が、いまは毎日、誰かと長い時間を過ごし、人と人を結んでいます。

その事実だけで、十分だと思っています。

第四章
売る相手が、世界からいなくなった

〔年表〕

【二〇一九年】 中高生アスリート向け教育アプリの会社を創業

【二〇二一年】 新型コロナウイルスの感染拡大で部活動が停止。市場が消失し、会社を売却

努力では、動かせないものがある

退社後、私は会社をつくりました。

部活動に打ち込む中高生が、大きな目標から逆算し、自分の成長を管理するためのアプリです。

手応えはありました。

ところが、新型コロナウイルスの感染が広がりました。

学校生活が止まり、全国の部活動が止まりました。

商品が売れなかったのではありません。

売る相手が、世界からいなくなったのです。

どれほど行動しても、努力では動かせないものがある。

私は会社を売却しました。

事業は消える。人は消えない

24歳の私は、「自分が動かせるものだけを動かせ」と教えられました。

しかし、経営者になって直面した現実は、もっと大きなものでした。

市場そのものがなくなることがある。

自分が信じ、育てた事業でさえ、外部の力で消えることがある。

それでも、そこで出会った人は残ります。

事業は、消える。人は、消えない。

私が事業の仕組みよりも、その事業を動かす人間に賭ける理由は、この経験から生まれました。

のちに若い経営者へ出資するときも、事業計画の美しさより、その人がやり続けた痕跡を見ます。

市場を読み切れる人はいません。

それでも、何かが消えたあとに、もう一度立ち上がれる人はいる。

私は、そういう人間を信じるようになりました。

第五章
「会えた」と「信じてもらえた」は違う

〔年表〕

【二〇二二年】 上場企業に入社。新規事業責任者に

【二〇二四年】 テレアポ部隊を率い、「アポは取れるのに受注にならない」という壁に直面

【二〇二五年】 5つの新規事業立ち上げにかかわり、約三年半で退社

【二〇二五年】 36歳、株式会社ウィスカーマンを設立

取れる。でも、売れない

会社を売却したあと、私は再び組織に入りました。

上場企業で、新規事業責任者を務めました。

私の役目は事業を生み出し、営業スタッフを売れるところまで連れていくことです。

「取れるかどうかじゃない。取る」

かつて叩き込まれた型を、今度は人に渡す側になりました。

部隊は強くなりました。アポイントも取れました。

しかし、その先に壁がありました。

商談機会を獲得することはできる。

それでも、受注にならない。

そこで私は、ようやく気づきました。

問題は、説明の中身よりも前にある。

知らない人から、知らない商品を買うのは、怖い。

営業する側は、会えた瞬間から商談を始めます。限られた時間で価値を伝え、決めてもらおうとする。

売る側には合理的でも、買う側の心は、まだそこまで進んでいません。

高い商品ほど、「何を買うか」と同じくらい、「誰から買うか」が問われます。

「会えた」と「信じてもらえた」は、まったく違う。

ならば、商品を説明する前に、信頼が育つ時間をつくらなければならない。

受注にならなかった商談は、失敗の記録ではありませんでした。

私の目を、商品から人間へ向けてくれた問いでした。

部下と行った、最初のゴルフ

ゴルフを始めたのも、この頃です。

きっかけは、営業部の部下と仲良くなりたかったから。

一緒にコースへ行き、長い時間を過ごしました。

ゴルフは、最初から商売の道具だったわけではありません。

人を知り、仲良くなるための時間でした。

それが、のちに営業の順番そのものを変えることになります。

AIが進むほど、人間には責任が残る

会社では、新規事業としてAI関連事業も立ち上げました。

AIは、ウェブサイトをつくれます。資料もつくれます。営業の候補先も探せます。

けれど、最後にお客様へ「これでいきましょう」と言い、その結果を背負うのは誰なのか。

AIが進めば進むほど、人間に残る仕事は、はっきりします。

責任を取ることです。

私は、自分が理想とする営業との距離を感じ、会社を出ました。

36歳。

株式会社ウィスカーマンを設立しました。

第六章
外れたら、私が返す

〔年表〕

【二〇二五年】 株式会社ウィスカーマンを設立。返金保証つき営業支援を開始。現在 契約金額は最低100万円。売上が契約金額に届かなければ未達分を返金

【二〇二六年】 顧問先が約60社に

自信は、リスクの置き場所に出る

経営者から事業相談を受けると、私はよく言います。

「返金保証をつければいいじゃないですか」

すると、多くの経営者は困った顔をします。

「それは、できない」

私には、それが不思議でした。

自分の商品が良いと信じている。お客様の役に立つと思っている。ならば、結果が出るまでやる。それでも出なければ、返す。

覚悟は、言葉ではなく、誰がリスクを負うかに表れます。

「うちは成果を出します」と言いながら、成果が出なかったときの損失を、すべてお客様に残す。

それは、私の考える営業ではありませんでした。

成果報酬でも、失うものがある

一方で、「成果報酬なら安心」とも限らないと思っています。

成果が出なければ、お客様はお金を払わなくていい。

しかし、代行する側にとっても売上にならないため、難しい案件ほど優先順位が下がりやすい。

お客様のお金は減らなくても、事業計画は遅れます。

時間は、返ってきません。

そもそも、簡単に売れる商品なら、営業代行を必要としません。難しいから、頼む。ならば、最初から双方が本気になる形にしなければならない。

そこでウィスカーマンは、「契約金+未達分返金」という仕組みを選びました。

たとえば100万円を受け取り、つくった売上が80万円なら、20万円をお返しします。大きく売れれば、超過分に応じた報酬をいただきます。

見るのは、紹介した人数ではありません。

アポイントの件数でもありません。

お客様の売上になったかどうかです。

もちろん、全額返金もあった

これまで、全額返金に至ったご案内ももちろんあります。

売り先が日本に数十社しかない、きわめて特殊な市場でした。

三カ月間、やれることをやりました。

それでも売上をつくれませんでした。

私は、自分から頭を下げました。

「お役に立てませんでした」

そして、全額をお返ししました。

惜しいとは思いませんでした。

人脈があれば、何でも売れるわけではありません。売れないものを、人間関係で押し込むのは営業ではない。

関係をつくり、やり切り、それでも売れないなら、結果を認める。

返金は、値引きではありません。

失敗を曖昧にせず、自分の責任として終わらせるための形です。

24歳の私は、結果が出るまで電話をかけることで、責任を取りました。

経営者になった私は、結果が出なければお金を返すことで、責任を取ります。

「取れるかどうかじゃない。取る」

その言葉は、根性論ではなく、お客様との約束になりました。

第七章
まず、友達になる

〔年表〕

現在 年間約250ラウンド

現在 ゴルフを好む経営者とのネットワークは約4000人

現在 顧客ごとに月一回のラウンドを設定

商談を、飛ばす

普通の営業は、①アポを取る。②商談する。③関係を深める。そして、④契約する。

私は、②の商談を飛ばします。

まず、ゴルフへ行きます。

①ゴルフの場を設定する。②全力で楽しんで関係を深める。③仕事の話をする。④取引が生まれる。この順です。もちろん④となるようなメンバーで調整します。

18ホールを一緒に回る。笑う。失敗する。食事をする。四時間以上をかけて、その人を知る。

先に、友達になる。信頼関係を作る。

そのあとで、ようやく仕事の話が始まります。

「そういえば、どんな仕事をしているんですか」

仲良くなったあとに聞く言葉は、まっすぐ入ります。

営業とは、説明の技術だけではありません。

相手が安心して話を聞けるところまで、一緒に時間を進めることでもあります。

ミスをしたときに、人が出る

なぜ、ゴルフなのか。

一組は四人。四時間以上を一緒に過ごします。しかも、思いどおりにいかないスポーツです。

だから、人が出ます。

良いショットを打ったときの笑顔より、ミスをしたときの振る舞いに、その人が見えます。

誰かが崩れたときに励ませるか。

失敗を笑えるか。

自分のスコアだけに夢中になるか。

会議室では見えないものが、18ホールには現れます。

名刺交換では生まれなかった信頼が、少しずつ形になります。

営業は、売る瞬間から始まるのではありません。

売る前の時間から、もう始まっています。

偶然に見えて、すべて設計している

楽しくゴルフをすれば、勝手に仕事が生まれるわけではありません。

私がつくる一組は、四人です。

営業支援を依頼してくださったお客様が一人。

そのお客様と相性の良い経営者が二人。

そして、私。

誰を呼ぶかは、ラウンドの前に考え抜きます。

会いたい業種、業態、企業規模。どこに相互の利益があり、どこから売上が生まれる可能性があるか。

約4000人という数字は、人脈の自慢ではありません。

お客様のために「この二人」を選ぶ、選択肢の厚みです。

ラウンド中に商談はしません。

しかし、商談をしないことと、何も考えていないことは、正反対です。

売らない時間を成立させるために、私は、売上までの道筋を考えています。

一度会って、終わりでもありません。

最低でも月に一度、一緒に回ります。信頼が積み上がるのを見ながら、関係を育て、その先の売上まで検証します。

営業を「点」ではなく、「時間」で行う。

それが、ウィスカーマンの仕事です。

人間関係を、片手間で扱わない

「この事業を手伝いたい」と言ってくださる人もいます。

しかし、片手間では成立しないと思っています。

ゴルフの場は、お客様のためだけに設計されています。

そこへ「自分も売りたい」「自分もつながりたい」という思惑が混ざれば、参加者はすぐに気づきます。

一見、仕事に見えない場だからこそ、仕事としての純度が問われます。

人間関係を扱う以上、片手間では扱いません。

AIで探し、18ホールで知る

その一方で、裏側ではAIを使っています。

名刺や会話の情報をデータにし、お客様の条件と照らし合わせ、会うべき経営者の候補を出します。

約4000人を、記憶と勘だけで扱えば、選べる相手は限られます。

候補を探すところは、AIに任せる。

信頼をつくるところは、人間が担う。

AIで探し、18ホールで知る。

そして、最後に責任を取るのは、人間です。

「それ、やるに決まってるじゃん」

私の提案は、驚くほど単純です。

顧問料を受け取り、売上をつくる。

届かなければ、返す。

その過程で、ゴルフもできる。

経営者に説明すると、同じ反応が返ってくることが多いです。

「それ、やるに決まってるじゃん」

もちろん、断られることもあります。

そのとき私は、長く悩みません。

田中が刺さらなかったんだな、で終わりです。

自分が動かせないものに、心を消耗しない。

夜十時に電話をかけていた頃から、そこは変わっていません。

第八章
才能ではなく、続けた痕跡に賭ける

〔年表〕

【二〇二四年】 若い経営者への出資を開始

【二〇二五年】 お茶への情熱を語る22歳の青年に出資。カフェが開業

120キロが上がるなら、出資する

私は、若い経営者への出資もしています。

判断基準を聞くと、多くの人は耳を疑います。

「ベンチプレスで120キロが上がることです」

筋肉が、経営能力を証明するわけではありません。

私が見ているのは、120キロを上げる身体ができるまでに、その人が費やした時間です。

一日では、到達できません。

何年も続ける。失敗する。やめずに、また挑む。

その人の身体には、言い訳せずに続けた履歴が残っています。

私は、才能ではなく、その痕跡を見ます。

お茶への情熱を語る22歳の青年がいました。

聞くと、青年は「120キロ、上がります」と答えました。

その場で、出資を決めました。

事業計画は聞きませんでした。

120キロが上がるなら、この人は店が売れるまで走り続けられる。それで十分でした。

青年の店は、いまも続いています。

事業ではなく、人に賭ける

10億円の会社をつくれるかは、私には分かりません。

10億円の会社には、組織がいります。多くの人を巻き込む力がいる。そこまでを見極められるとは、言えません。

しかし、一人の人間が、売れるまで走り続けられるかどうか。

そこなら、分かります。

だから、まずは一億円をつくれる人に賭けます。

出資したあとも、細かく口は出しません。

月に一度、本人が決めた目標を、一緒に確認します。

やらなかった理由は、聞きません。

「時間がなかった」は、理由になりません。

30日あれば、歯は少なくとも30回磨いています。食事もしています。

できなかったのではない。

やらなかっただけです。

厳しいようですが、その人が自分で決めた目標を、本人より先に諦めない。

上場企業で営業スタッフを鍛えていた頃と、やっていることは同じです。

人を信じるとは、優しい言葉をかけることだけではありません。

その人がやり切れると信じ、結果が出るところまで逃がさないことでもあります。

第九章
365日、人に会いに行く

〔年表〕

現在 年間約250ラウンド

目標 40歳までに年間365ラウンドを達成

人生で、ゴルフの皆勤賞を取りたい

この先、どんな会社をつくりたいのか。

そう聞かれれば、「日本一の営業会社」といった答えを期待されるかもしれません。

私の答えは、違います。

365日、ゴルフがしたいんです。本気です。

人生で、ゴルフの皆勤賞を取りたい。

一ラウンドにかかる費用に365を掛け、税金を足し、必要な収入を計算したこともあります。

そこから逆算して、事業と投資の仕組みを考える。

夢を語りながら、やっていることは、どこまでも逆算です。

期限は、40歳まで。

一年365ラウンド。

一見すると、極端な趣味の目標に見えるかもしれません。

しかし、私にとっては、自分が選んだ方法から逃げないという宣言でもあります。

毎日、人に会う。

毎日、人を知る。

毎日、誰かと誰かの間に信頼をつくる。

ゴルフの皆勤賞は、私にとって、人との時間の皆勤賞です。

「私にしかできない」を、私で終わらせない

いまの事業は、私個人のつながりと、場を動かす力に大きく依存しています。

それでも、価値そのものは再現できると考えています。

誰を選ぶか。

何を事前に設計するか。

場の純度を、どう守るか。

次の行動へ、どうつなげるか。

売上まで、どう確かめるか。

分解すれば、方法は人に渡せます。

24歳の私が、一人の社長から仕事の型を渡されたように、今度は私が、自分の型を次の誰かへ渡す番です。

たまに、寂しい

約4000人の経営者とつながっている私にも、一人になる時間はあります。

正直、たまに寂しいです。

独身で、いまは婚活中です。

家に帰れば、愛犬が待っています。

散歩へ行くか。ゴルフへ行くか。

私の毎日は、だいたい、その二択でできています。

だからなのかもしれません。

毎日、誰かと18ホールを回りたい。

七年間、人とのつながりを手放していた人間が、いまは年間およそ250ラウンド、人に会いに行っています。

そして次は、365日を目指しています。

失った七年を、取り戻そうとしているわけではありません。

過去は、取り戻せません。

ただ、あの時間があったからこそ、人と過ごせる今日を、当たり前にしない。

365ラウンドとは、ゴルフの回数ではありません。

今日も誰かと会い、同じ時間を生きたという記録です。

エピローグ
全部の過去に、いまの仕事をさせる

夜十時まで電話をかけ、仕事の型を覚えました。

やり切った先で心が止まり、結果だけでは人は動けないことを知りました。

人とのつながりをすべて消し、人と過ごせない時間を知りました。

市場そのものが消え、事業は消えても、人は残ると知りました。

アポイントは取れるのに受注にならず、「会えた」と「信じてもらえた」は違うと知りました。

部下と仲良くなりたくて始めたゴルフが、いまの仕事になりました。

一見、遠回りに見える出来事ばかりでした。

しかし、無駄になった過去は、ひとつもありません。

過去は変えられません。

けれど、その過去に、いま何をさせるかは決められます。

私は、全部の過去に、いまの仕事をさせています。

売る前に、人を知る。

人を知って、信頼が生まれる。

信頼が生まれて、ようやく仕事の話が始まる。

そして、約束した結果からは逃げない。

AIがメールを送り、資料をつくり、オンラインで商談までできる時代に、私は毎日往復三時間運転して、五時間以上をかけ、18ホールを歩きます。

効率だけを見れば、遠回りです。

しかし、長く続く仕事は、遠回りに見える時間の中でつくられる。

売らない時間が、売上をつくる。

それは、営業の順番を変えただけではありません。

一度、人との時間を失った私が、そしてAIの時代になり、人対人のアナログな営業が減りつつあるこの時代にもう一度、人を信じるためにつくった仕事です。

24歳の夜、私は一つの言葉を受け取りました。

「取れるかどうかじゃない。取るんだ」

あの頃は、電話を切られても、またかけるという意味でした。

いまは違います。

売上をつくるまで、やる。

それでも届かなければ、自分が返す。

借り物だった言葉に、私は、自分の人生で続きを書きました。

「取れるかどうかじゃない。取る。自信があるなら、返金保証すればいい」

言われた言葉が、自分の言葉になりました。

次は、365ラウンド。

私の勝負は、まだ続いています。

星図
――この一冊の系譜――

受け取った線

ある営業会社の社長から、田中佑樹へ。

「取れるかどうかじゃない。取るんだ」という、仕事の型を。

※ご本人の意向により匿名。星図上では、あえて線を結ばない。

受注に至らなかった数々の商談から、田中佑樹へ。

「会えた」と「信じてもらえた」は違う、という問いを。

上場企業時代の部下たちから、田中佑樹へ。

ゴルフという、人と仲良くなるための時間を。

22歳のお茶の青年から、田中佑樹へ。

事業ではなく、人に賭ける喜びを。

手渡す線

田中佑樹から、出資先の若い経営者たちへ。

自分で決めた目標を、結果が出るまで諦めない型を。

田中佑樹から、次にウィスカーマンのモデルを担う仲間へ。

顧客のためだけに場を設計し、約束した結果まで引き受ける覚悟を。

星座出版は、一人の経営者を一つの星として記し、影響の線で星と星を結ぶ。

編集後記

取材の中で、田中さんは、最初に勤めた営業会社の話をした。

夜十時から電話をかけ、切られれば「切れちゃいました」とかけ直し、ときには営業先の車まで洗った。

入社一年で役員になり、目標を達成し続けた。

田中さんの仕事の型は、間違いなく、その会社でつくられた。

しかし、結果を出し、尽くした先で、新しい挑戦も処遇の見直しも思うようには進まなかった。

やがて心が動かなくなり、会社を去った。

その話を終えたとき、田中さんは言った。

「この話をするのは、十年ぶりです」

この一言によって、最初の会社は、単なる武勇伝ではなくなった。

「取れるかどうかじゃない。取る」という、人生を支える言葉をもらった場所。

同時に、やり切ることだけでは、人は前へ進めなくなると知った場所。

田中さんは、その会社を否定しなかった。そこで受け取った仕事の型は、いまも使い続けている。

ただ、自分が受け取れなかったものを、次の顧客には残さない。

結果が出るまでやる。届かなければ、自分が返す。

返金保証とは、最初の会社で学んだものと、そこで感じた痛みの両方から生まれた、田中さんなりの答えなのだと思う。

田中さんの事業は、「ゴルフを使った営業」と説明される。

それは間違いではない。けれど、それだけでは、この仕事の核心に届かない。

田中さんは、営業の前に「人を知る時間」を置いた。

しかも、精神論では終わらせなかった。

顧客に合う経営者を選び、四人の組を設計し、18ホールをともに歩き、関係を育て、売上を検証し、届かなければ返金する。

信頼という、目に見えないものを扱いながら、結果はどこまでも具体的である。

新しいのは、ゴルフではない。

人が人から物を買い、約束した人間が責任を取るという、昔から変わらない原点を、営業の中心へ戻したことだ。

田中さんは、自分のことを「あまり深く考えていない」と言う。

私は、違うと思う。

考えていないのではない。

自分に変えられないことと、自分がやるべきことを、恐ろしいほど明確に分けているのだ。

変えられないことに、理由を並べない。

変えられることから、逃げない。

だから、この人の言葉は短い。

「取れるかどうかじゃない。取る」

報われなかった努力も、消えた七年も、なくなった市場も、田中さんは美談にしない。なかったことにもしない。

ただ、その過去に、いまの仕事をさせている。

答えのない世界を、これほど単純に、これほど人間くさく進む経営者に、私は初めて会った。

この原稿を書き終えたいま、田中さんの年間250ラウンドという数字が、最初とは違って見える。

それは、人脈の数ではない。

一度、人とのつながりを手放した人が、もう二度と、人と過ごす時間を粗末にしないために積み上げている日数なのだと思う。

次に目指すのは、365ラウンド。

きっと田中さんは、達成できるかどうかを考えていない。

取ると決めている。

――あなたが影響を受けた人は、誰ですか。

星座出版 編集長株式会社22世紀アート 向田翔一

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