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白岩 徹水
東京都
建築家

「我慢しない家づくり」を追う人。我慢しない家づくりの話。昔の家は、寒かった。

第一章
昔の家は、寒かった

人は、家の写真の中で暮らしているわけではない。暮らすのは、冬の朝の床の上であり、夏の夜の寝室であり、雨の日に湿った空気の中である。どれだけ外観が整っていても、どれだけ設計図が美しくても、住む人の体が縮こまるなら、その家はまだ半分しかできていない。

私は、かっこいい家を否定したいのではない。美しさは建築の大事な力だ。ただ、その美しさが寒さを隠すための化粧になっているなら話は別だ。玄関を開けた瞬間の空気、壁に触れたときの冷たさ、廊下を歩く足裏の感覚。そこに嘘はつけない。

雑誌に載る一枚ではなく、何十年も続く朝と夜が家を採点する。美しいのに寒いという矛盾を、住む人の我慢で片づけてはいけない。家は作品である前に、人が毎日戻る場所である。見た目のよさだけで家を語る時代は、もう危ういと思う。家の見た目で人は暮らせないからだ。

第二章
暖房しても寒い理由

暖房を入れているのに寒い家には、必ず理由がある。私はある建物で、室温を三十度に設定しているのに、壁の温度が六度しかない状態を見た。空気だけは暖かい。けれど壁が冷たい。すると人の体は、暖かい空気の中にいながら、冷たい面に熱を奪われていく。だから寒い。

これは気分の問題ではない。根性の問題でもない。建築の問題である。多くの人は、寒ければ暖房を強くすればいいと思っている。けれど、それは穴のあいた器に水を注ぎ続けるようなものだ。熱が逃げる家では、どれだけ機械を動かしても、暮らしは落ち着かない。しかも見た目がいい家ほど、その弱さは見えにくい。壁の中で何が起きているかは、完成写真には写らない。

私が怖いと思うのは、住む人がその寒さに慣れてしまうことだ。冬の朝は寒いものだ。廊下は冷たいものだ。そんな諦めが、家の欠陥を日常に変えてしまう。三十度に設定した部屋で凍える日があるなら、見るべきは温度計ではない。家そのものだ。

第三章
冬の朝に寒くない家

本当に暖かい家は、暖房の強さではなく、寒さの入口を消している。高断熱高気密に本気で向き合ったきっかけは、友人の家づくりだった。高断熱高気密でやりたいと言われ、一緒に勉強し、試し、できあがった家に入ったとき、私は既存の住宅との違いに驚いた。大げさな言葉ではなく、体が先にわかる違いだった。

昔の家では、雪の日の朝、家の中が四度、一桁台になることも珍しくなかった。外より少しましなだけの室内で、人は服を重ね、暖房の前に集まり、寒さを生活の一部として受け入れていた。けれど、家はそこから変えられる。

断熱をきちんと考える。気密を取る。外から冷えを入れない。南から入る日射を利用し、取り込んだ熱を逃がさない。鉄筋コンクリートでも外断熱にすれば、一度温まった躯体は簡単には冷えない。熱を貯める場所として、家そのものを使える。そうすると、雪の日の朝でも、暖房なしで二十度を保つ家ができる。これは贅沢ではない。暮らしの前提を変えることだ。

言葉で説明しても、なかなか伝わらない。春や秋に見せても、よくわからない。真冬か真夏に入ってもらうと、住む人は一瞬でわかる。人はデータで家を選ぶのではない。体が安心したとき、その家を信じる。寒さが入ってこられない家とは、暖房のいらない家という意味ではない。機械に頼る前に、建築が先に仕事をしている家のことだ。

第四章
夏の夜に眠れる家

夏の暑さに必要なのは、冷房の力を上げることだけではない。暑さを家の中に入れない。入ってきた熱をため込まない。外の暑さに対して、家そのものが抵抗する。私はそこに、建築の余地があると思っている。

地下十メートルほどになると、その土地の平均気温に近い温度で安定する。東京なら十六・五度ほどで、年間を通して大きく変わらない。深く掘らなくても、地中には外気とは違う温度がある。そこを断熱や基礎、空気の流れと組み合わせれば、自然そのものを空調の一部にできる。

これは、機械を否定する話ではない。昨今エアコンなくして生活することは難しい。だから必要なときに使えばいい。ただ、最初から機械だけに任せると、家は何もしなくなる。夏の夜に冷房をつけ続け、喉が乾き、体が冷え、朝になって疲れている。そんな暮らしを当たり前にしてはいけない。

以前、木造の家で自然エネルギーを使った空調を考えたとき、お客さんの奥さんが言った。「初めてエアコンなしで寝られた」。その一言は、どんな性能表よりも強かった。家が涼しさをつくると、眠りが変わる。眠りが変わると、翌日の体が変わる。暑さを追い出す家とは、単に涼しい家ではない。夏を我慢しなくていい家である。

第五章
ひさしと縁側の知恵

古い家には、古いから残ったものと、賢いから残ったものがある。ひさしと縁側は、後者だと思う。けれどいまの家からは、ひさしも、縁側も消えつつある。見た目はすっきりした。けれど、そのすっきりの代わりに、家は夏の陽射しをまともに受けるようになった。

ひさしは飾りではない。夏の高い太陽を遮り、冬の低い光を部屋に入れるための装置である。窓の大きさや方角に合わせて出し方を考えるだけで、室内の暑さも明るさも変わる。昔の人は、それを理屈ではなく暮らしの中で知っていた。

縁側も同じだ。懐かしい風景として見るだけでは足りない。外と内の間に一枚、光と熱を受け止める場所があることで、家の中の空気はやわらかくなる。直射を避け、冬には暖かさをためる。そこに人が腰を下ろす時間まで含めて、縁側は暮らしの装置だった。

築年数の古い建物にあった障子や廃材をもう一度使ったこともある。ただ戻すだけではない。暗かった昔の家をそのまま再現するのではなく、上から光が入るように変え、昼間は電気をつけなくても明るい空間にする。ひさしと縁側は、懐古ではない。家が自然と折り合うための、まだ使い切っていない知恵である。

第六章
水害の日、家が守ってくれた

家の強さは、晴れた日の外観ではなく、非常時の沈黙の中に現れる。川のそばに建てた家で、水害が起きたときのことだ。周りの家は床上浸水した。窓の外には水が見える。普通なら、家の中まで水が来てもおかしくない状況だった。それでも、その家の中には水が入ってこなかった。

派手な話ではない。特別な装置が目立ったわけでもない。ただ、基礎断熱で余計な穴が開いていなかった。気密を考えてつくっていた。普段は寒さや暑さを防ぐためにやっていることが、災害の日には水を入りにくくする力にもなった。

もちろん、どんな災害にも絶対に耐えられると言いたいわけではない。自然の力を甘く見てはいけない。ただ、ちゃんと考えてつくった家は、いざというときに暮らしを守る可能性を増やす。家の中に水が入らないということは、床が濡れないというだけではない。生活が壊れにくいということだ。窓の外は水。家の中は日常。その差をつくるのも、建築の仕事である。

第七章
これからの家は、我慢させない

これからの建築に必要なのは、もっと派手な形ではなく、もっとしぶとい生活力だ。私は、美しい家を否定しない。美しさは人の心を動かす。街の景色も変える。けれど、美しいだけで寒い家、美しいだけで暑い家、美しいだけで災害の日に暮らしを守れない家を、いい家と呼び続けることには違和感がある。家は作品である前に、毎日を支える場所である。

朝、布団から出られること。夜、安心して眠れること。子どもが鼻を赤くして寒がらないこと。夏に冷房で体を壊さないこと。水が来ても、できる限り暮らしを止めないこと。そういう地味で切実なことを、建築はもっと真正面から考えるべきだ。

家をつくる側だけではない。選ぶ側も、見る場所を変えた方がいい。外観の印象、間取りの便利さ、設備の新しさだけで判断すると、家の本当の力を見落とす。冬の朝に寒くないか。真夏の夜に眠れるか。壁や床が体から熱を奪わないか。災害のときに、暮らしの内側を少しでも守れるか。そこまで含めて家を見る時代になるべきだと思う。

私が仕事で大切にしてきたのは、いいものを作って届けることだった。お客さんが困っていることを聞く。どうすれば納得できるかを考える。断熱も、気密も、地熱も、ひさしも、縁側も、特別な飾りではない。住む人の我慢を一つずつ減らすための手段である。これからは、地面そのものを蓄熱に使うことも考えてみたい。冬の熱を夏に生かし、夏の熱を冬に生かす。大きな機械で無理やり暮らしを支えるのではなく、家と土地が持っている力をもう一度使う。

便利になった時代に、私たちは家を少し軽く見すぎているのかもしれない。設備があるから大丈夫。デザインがいいから満足。新しいから安心。けれど、家の本当の価値は、寒い朝、暑い夜、災害のあとに問われる。美しい家より、生きられる家。その基準を、これからの家づくりの真ん中に戻したい。あなたの家は、あなたを我慢させていないか。

美しい家より、生きられる家。

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