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白井 利明
東京都
元教師

障害のある子どもたちと向き合ってきた人。叱るな。急かすな。決めつけるな。「できない」は才能の入り口だ。

第一章
「早くしろ」で人は壊れる

「早くしろ」という言葉ほど、便利で危ない言葉はない。言う方は、たいしたことを言っているつもりはない。けれど、言われる方にとっては、その一言で心が閉じることがある。僕も若いころは、それがわからなかった。明日の持ち物を黒板に書く。子どもがノートに書いていない。すると僕は、「ちゃんと書いておきなさい」と言う。先生としては当然の声かけだ。

でも、書いても忘れる子がいる。忘れ物の問題に見えて、実は生活の問題だったり、家庭の問題だったり、本人の力だけではどうにもならない問題だったりする。そこを見ないで、「早く」「ちゃんと」「普通に」と言っても、人は育たない。これは教育の話だけではない。何度言ってもできない人。約束を忘れる人。やる気がないように見える人。その人は、本当に怠けているのか。それとも、まだ誰にも言えていない事情を抱えているのか。

僕は長いあいだ、障害のある子どもたちと向き合ってきた。そこで教わったのは、正しいことを言えば人が変わるわけではない、ということだった。正論は強い。でも、正論だけでは、人の心までは開かない。「なんでできないんだ」「みんなやっているんだから、君もやりなさい」。そう言うのは簡単だ。けれど、簡単な言葉で追い詰められた子は、自分のことを話さなくなる。自分のことを話さなくなった子は、自分で考える力も出しにくくなる。

僕の仕事は、子どもをこちらの都合に合わせて動かすことではなかった。その子が、自分の中にある力を出せるようにすることだった。だから僕は、できるだけこう考えるようにした。この子は、何を言いたいのだろう。この子の言葉の奥に、何があるのだろう。教育とは、上から答えを落とすことではない。その人の中にある答えが出てくるまで、そばで待つことだ。

待つのは、簡単ではない。急ぐ方が楽だ。命令する方が早い。叱る方が、自分が仕事をしている気になる。でも、それでは届かない子がいる。僕は、その子たちに教わった。「早くしろ」では、人は育たない。人は、待たれて育つ。

第二章
問題児なんていない。見えてない生活があるだけだ

忘れ物が多い子がいた。表面だけ見れば、だらしない子だ。でも、その子の放課後を見たら、見え方は変わる。家に帰って、妹の世話をする。食事の準備をする。学校で言われた持ち物を、家でゆっくり確認できる生活ではない。そういう子に対して、「ちゃんと書いておけばいい」と言うだけでは、何も見ていないのと同じだ。僕は、その子の姿に、自分の過去を少し重ねていたのかもしれない。

僕は五人兄弟の長男だった。お金はなかった。でも、家族はいた。だから、協力しないと暮らせなかった。部活が終わって家に帰る。母は働かないと食べていけないくらい忙しい。だから僕は、洗濯物を自然に畳むようになった。やらなければ、家が回らないからだ。それを隣のおばあちゃんが見ていてくれて、「いつも大変だね。これ、少しだけど食べる?」と果物をくれた。苦労している時の人の親切は、ずっと身体に残る。

父は晩酌を楽しみにしていた。だから僕は毎日、一合ずつ酒を買いに行った。その店の人が、「ご苦労さん」と言って、ピーナッツのようなものをくれた。それが楽しみだった。生活とは、そういうものだ。苦労だけではできていない。人の小さな親切で、どうにか持ちこたえている。だから僕は、子どもを見るときに、その子の「いま」だけで判断してはいけないと思うようになった。

忘れ物をする子は、忘れ物をしているだけではない。授業中に寝る子は、寝ているだけではない。その裏に、生活がある。家庭がある。言葉にならない疲れがある。人を理解するというのは、相手の行動に名前をつけることではない。「だらしない」「やる気がない」と決めつけることではない。その行動が生まれてくる場所まで、想像してみることだ。

もちろん、想像だけでは間違えることもある。だからこそ、聞くしかない。見るしかない。待つしかない。「どうしたの」「何かあったの」「君は、どう思っているの」。それを聞かれたとき、人は少しほっとする。自分のことを、問題としてではなく、人として見てもらえた気がするからだ。

第三章
助けるな、まず聴け

ある子が、授業中に寝ていた。普通なら叱る。でも、その子は言った。「先生、こんな授業面白くないから、俺は寝てるんだ」。なかなか強い言葉だ。けれど、僕はそこに面白さを感じた。少なくとも、その子は本音を出してくれたのだ。本音を出すというのは、簡単なことではない。大人だって、本音を言えない。だから、子どもが「面白くない」と言ったとき、僕はその言葉を入口にした。「そうか。じゃあ、楽しく授業をやりたいよね。どうやったらいいかな」。上から正解を渡すのではなく、一緒に作る。

障害があるというと、つい「助けなければ」と思う人がいる。もちろん、支援は必要だ。けれど、助けるという言葉には危うさもある。助ける側と助けられる側に、いつの間にか上下ができることがある。僕が大事にしたかったのは、その子が自分の力を最大限に発揮できるようにすることだった。質問の仕方一つで変わる。受け止め方一つで変わる。

授業中、子どもの顔を見る。今日は元気がない。「今日、元気ないみたいだけど、どこか調子悪いかな」。そう聞くと、「昨日、夜遅くまでテレビを見ていた」と返ってくることがある。そこで、頭ごなしに否定しない。「そうか。じゃあ、もう少し早く寝るように努力してみようか」。そうやって、認めながら少し先を示す。それだけのことが、人には必要なのだ。

僕は、子どもたちとのやりとりが楽しかった。連休もあまり取らなかった。今日はあの子とどんな会話ができるだろう、どこまで力を出してもらえるだろう、という楽しみの方が大きかった。仕事の楽しさとは、楽なことではない。相手が変わっていく瞬間を見ることだ。昨日まで閉じていた子が、少し開く。その瞬間に立ち会えると、仕事はただの労働ではなくなる。人が生き直す場になる。

だから、助ける前に、聴く。教える前に、受け止める。叱る前に、その子の言葉がどこから来たのかを考える。人は、聞かれたときに、自分を取り戻す。

第四章
先生は、子どもに敗北して育つ

先生という仕事をしていると、こちらが教えているように見える。けれど、実際には違う。僕は、子どもに教わってきた。同じ障害を持っている子でも、家庭での接し方によって変わってくる。親御さんがいない施設から通っている子もいた。その子たちと関わる中で、人は接し方によって変わるのだと学んだ。

僕は、もっと勉強しなければいけないと思った。人の気持ちをどう理解するか。そういうことを学ぶ研究会にも入った。でも、勉強していたからといって、僕が完璧だったわけではない。あるとき、娘に言われた。「お父さんは、人の気持ちを理解する勉強をしているんでしょ。だけど、ちっとも私たちの気持ちを理解してくれない」。これは、こたえた。

学校では子どもたちの気持ちを理解しようとしている。けれど、家ではわがままが出る。やるべきことをやっていないと、「まずこれをやりなさい」と言ってしまう。身内ほど、相手の気持ちを待てなくなる。いいことを言っている人間が、いい人間だとは限らない。人の気持ちを学んでいる人間が、いつも人の気持ちをわかっているわけでもない。だから僕は、自分を偉い先生として語りたくない。僕は失敗した。見落とした。自分の正しさを、相手に押しつけたこともあった。

ただ、そのたびに子どもたちに戻された。子どもたちは、こちらの理屈通りには動かない。だからこそ、こちらが学ぶしかない。「この子は、なぜそう言うのか」「こちらが変えられる関わり方はないか」。子どもに教えるつもりで、僕は子どもに教わってきた。先生として完成したのではない。子どもたちに、何度も未完成であることを教えられた。未完成であることは、恥ではない。恥ずかしいのは、完成したふりをすることだ。

第五章
裸足で走った石炭の道

僕の原風景には、石炭のかすがある。大牟田は石炭の町だった。三池炭鉱があり、多くの人が石炭とともに暮らしていた。家の風呂も石炭で炊く。炊いたあとのかすを、道路に敷くことがあった。雨が降っても土が流れにくくなる。生活の知恵だった。けれど、子どもにとっては痛い道だった。

小学校のころ、マラソン大会があった。運動靴など、まだ十分にある時代ではない。裸足か、せいぜい足袋で走る。石炭のかすは、ギザギザしている。走るたびに痛い。道は便利になるために敷かれた。でも、その道を走る子どもの足は痛かった。世の中には、誰かの便利のために、別の誰かが痛みを引き受けていることがある。それを忘れてはいけない。

石炭を買うお金がないときは、薪を拾いに行った。みんなで工夫した。持ち寄った。助け合った。それは美しい昔話ではない。ものがなかったから、そうしないと生きられなかったのだ。でも、そこには人のつながりがあった。戦争で、いろいろなものがなくなっていた。だからこそ、互いに助け合うしかなかった。その感覚が、僕の頭にこびりついている。

いまは何でも買える。スマホで注文すれば、翌日に届く。誰とも話さずに暮らせる。便利になった。でも、便利になるほど、人は人に頼るのが下手になる。頼ることは、弱さではない。頼られることも、偉さではない。どちらも、人が生きるために必要なことだ。僕は石炭の道で、それを身体で覚えたのかもしれない。痛かった道は、ただの苦しい記憶ではない。人の痛みを想像するための、僕の土台になった。

第六章
苦労は美談にするな

苦労した人はやさしくなる。そう言う人がいる。でも、僕は少し違うと思う。苦労は、人をやさしくするとは限らない。人を恨ませることもある。自分が苦労したのだから、お前も苦労しろと言わせることもある。大事なのは、苦労そのものではない。苦労しているときに、誰が手を差し出してくれたかだ。

大学二年の八月、父が亡くなった。僕は大学をやめて働こうと思った。母に話すと、自分のことを自分でやるならいい、と言った。それで僕は、学校の寮に入った。家庭教師をした。多いときは一日に二か所行った。ガソリンスタンドでも働いた。受験監督も、暮れの配達もやった。周りの学生がうらやましいと思ったことはある。九州には弟や妹がいて、家には生活費を送らなければいけなかった。

でも、僕はひとりで頑張ったわけではない。大学の事務の人が、アルバイトを教えてくれた。受験監督の仕事も、声をかけてくれた。配達の仕事をしていたとき、ある家で言われた。「もうそろそろ仕事終わりだろう。うちでご飯を食べていきなさい」。まだ数件残っているからと言うと、「じゃあ、今度こっちに来るときは、うちを最後にしなさい」。次に行ったとき、夕食を出してくれた。お腹だけの問題ではない。誰かが自分のことを気にかけてくれている。その事実が、人を支える。

人は、苦労だけでは強くなれない。誰かの親切を受け取ったとき、少し強くなれる。僕が子どもたちを責める前に背景を見ようとしたのは、たぶん、自分も背景を持って生きてきたからだ。働きながら学ぶ。仕送りをする。そういう重さを知っていたから、子どもたちの中にも、見えない重さがあるのだと考えるようになった。苦労は、美談にしなくていい。ただ、苦労している人に差し出された一杯のご飯、一言のねぎらい、小さな果物、そういうものは一生残る。責める前に、見る。叱る前に、聞く。決めつける前に、待つ。僕にとっての教育は、そこから始まっている。

第七章
正しさより、待つ力

待つことは、ただ黙っていることではない。待つには、技術がいる。相手の力を信じる技術。相手が言葉を探す時間を奪わない技術。こちらの答えを、すぐに押しつけない技術。「行くのか、行かないのか」と聞けば、相手は答えを迫られる。大事なのは、相手が自分で考えをまとめる時間を持てるようにすることだ。「今度こういうところへ行こうと思うんだけど、どうかな。今度の土曜は無理かな」。そうやって、相手に余白を渡す。決めるのは相手だ。

僕自身、まだ不十分なところがある。いい本があると、「この本いいから読んで」と言いたくなる。相手のためだと思っている。でも、それも押しつけになることがある。身内ほど、こちらの思いが強くなって、待てなくなる。だから、待つことは一生の課題だ。

お弁当の箸を忘れる子がいる。予備の箸を渡すだけでも助かる。けれど、それだけでは本人の力になりにくい。そこで、よく忘れそうな子から、本人の予備の箸を預かっておく。もし忘れたら、その子が言えるようにする。「先生、今日うっかり忘れちゃった。僕の預かっている箸を出してもらっていいですか」。本人が、自分の困りごとを知り、自分で助けを求める練習でもある。「忘れるな」と言うだけなら簡単だ。でも、「忘れたとき、どうするか」を一緒に作る方が、生きる力になる。

マラソンの練習でも同じだ。走るのが速いけれど、練習はあまりしたがらない子がいた。そこで僕は聞く。「早いけど、どうする。先生ともう一回走るか。どっちが早いかな」。やる気になる。一緒に走る。最後は僕が負ける。それでいい。先生が勝つ必要はない。子どもが自分の力に気づくことの方が大事だ。

タイパという言葉がある。時間の効率を求める時代だ。もちろん、効率は大事だ。でも、人が変わる時間だけは、効率で測れない。芽が出るまでに時間がかかる子がいる。そこを急がせると、芽が折れる。待つことは、甘やかしではない。待つことは、相手の力を信じることだ。

第八章
平和は、弱い人を置き去りにしないことだ

僕の父は、原爆の二次被害を受けた。広島に原爆が落ちたとき、父は広島市の隣に軍隊でいた。爆弾が落ちたあと、遺体収容の作業に関わった。マスクもない。放射能の危険も十分にわからない。そういう中で、身体を痛めた。だから僕は、戦争は絶対にいけないと思っている。放射能を使うような戦争は、絶対に許せないと思っている。

けれど、平和を語るとき、僕は戦争の話だけをしたいわけではない。戦争をしない社会とは、どういう社会なのか。それは、弱い立場の人を大事にする社会だと思う。障害のある人がいる。家庭の事情を抱えた人がいる。年を取って、いままでできていたことができなくなる人がいる。そういう人たちを大事にする取り組みを、あちらこちらで増やす。「これだったら僕にもできる」と思える入口を増やす。その積み重ねが、平和につながる。

戦争は、ある日突然始まるものではない。「俺が、俺が」「私が、私が」。そうやって、自分の都合だけを前に出す空気が広がる。弱い人を置き去りにしてもいいという感覚が広がる。人を人として見ない言葉が増える。その先に、戦争がある。だから、平和は大きな演説だけで守れるものではない。日々の中で、弱い立場の人を置き去りにしないこと。それが大事なのだと思う。

若い人と戦争を経験した人が、一緒に話し合う場があるといい。難しい勉強会でなくてもいい。年に一度でもいい。経験を聞く。自分にできる小さなことを考える。そして、そういう場を個人の善意だけに任せない方がいい。自治体が支えていく。平和とは、遠い国際問題だけではない。近くにいる人をひとりにしないことだ。その社会を作る人が増えれば、戦争をやろうという気持ちは起きにくくなる。僕は、本気でそう思っている。

第九章
町は、人をひとりにしない装置だ

いま僕は、家から歩いて十分ほどの公園に行く。朝六時半に集まって、みんなでラジオ体操をする。七十代、八十代の人もいる。九十代の人も来る。それは、ただの健康習慣ではない。人とつながる時間だ。年を取ると、できないことが増えていく。身体が動かなくなる。認知症が始まる。家族だけでは抱えきれないことも出てくる。だからこそ、町が必要だ。町は、道路や建物のことだけではない。人をひとりにしない仕組みのことだ。

大牟田に帰ると、妹のところに野菜が届いていることがある。「たくさん取れたから持ってきたよ」。青梅でも、そういうつながりはある。大根を持ってきてくれる人がいる。庭になる柚子や金柑を、体操の仲間に少し分けることもある。小さなことだ。でも、その小さなことが、人の気持ちを温かくする。助け合いを、きれいごとで終わらせてはいけない。「昔はよかった」で終わらせてもいけない。必要なのは、仕組みにすることだ。

市役所の中に、市民が生きがいを持って生きられるように考える場所があっていい。長い人生を歩んできた人が、どこで力を出せるのか。家族だけで抱え込まなくていいように、どんな支えが必要なのか。それは、市役所だからこそできることがある。全体を見られる。個人の善意だけに頼らずに、広げられる。僕は、自分の本を市役所に持っていったことがある。すぐに何かが変わるかはわからない。でも、種をまかなければ芽は出ない。

福祉は、特別な人のためだけにあるものではない。いずれ誰もが、支えを必要とする。病気になるかもしれない。親を介護するかもしれない。年を取って、いままで通りには暮らせなくなるかもしれない。そのときに、「自分で何とかしろ」と言われる社会は冷たい。「ここに来ればほっとする」と思える場所がある社会の方がいい。町は、人をひとりにしないためにある。僕は、そう思う。

第十章
君は、誰の「できるかも」を増やせるか

僕の話を、昔の人の話として読まないでほしい。それらは、僕だけの思い出ではない。君の今日につながっている。君の周りにも、できない人がいるはずだ。約束を忘れる人。すぐ落ち込む人。自分の気持ちをうまく言えない人。その人を見るとき、君はどうするだろう。「ちゃんとしろ」と言うのか。「もういい」と切り捨てるのか。それとも、一度だけでも聞いてみるのか。「何かあったの」「どうしたらできそう」「君は、どう思っているの」。

人を変えるのは、大きな正論ではないことがある。小さな問いだ。少し待つ時間だ。自分で決めてもらう余白だ。人は、押しつけられた答えでは動かない。自分で気づいたときに動き始める。そのために、そばにいる人ができることはある。責める前に、見る。教える前に、聞く。助ける前に、相手の力を信じる。これは、先生だけの技術ではない。親にも、友だちにも、これから社会に出る君にも必要だ。

これからの社会は、ますます速くなるだろう。結果を早く出せ。失敗するな。迷惑をかけるな。そういう言葉が、君たちの周りにはいくらでもある。でも、人間はそんなに速くできていない。人の心は、アプリのように更新されない。昨日までできなかったことが、今日突然できるとは限らない。それでも、待たれた人は、自分の力を取り戻すことがある。僕は、それを何度も見てきた。だから、君に聞きたい。君は、誰の「できるかも」を増やせるか。

すごいことをしなくていい。ただ、目の前の人を、少し違う角度から見てみる。その人の行動の裏に、生活があるかもしれないと考える。その人が言えずにいる言葉を、急かさずに待ってみる。それだけで、世界は少し変わる。僕は、立派な人生を語りたいのではない。苦労を自慢したいのでもない。ただ、これだけは言いたい。「早くしろ」では、人は育たない。「君ならできるかもしれない」と信じられたとき、人は自分の中の力を探し始める。

僕は、子どもたちからそれを教わった。家族からも、町からも、戦争の記憶からも、人の親切からも教わった。だから、君にも渡したい。人を急がせる側に回るな。人を切り捨てる側に回るな。人の弱さを、笑う側に回るな。誰かが立ち上がるまで、そばで待てる人になってほしい。そして、自分が立ち上がれないときは、誰かに助けを求めていい。人は、一人では育たない。人は、人に受け止められて育つ。それが、僕が長い時間をかけて、ようやくわかったことだ。

「早くしろ」では、人は育たない。人は、待たれて育つ。

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