岐阜県
文学者・詩人
言葉で逃げなかった人。現実から逃げない言葉だけが、人の心に残る。言葉で逃げるな。
第一章
言葉で逃げるな
言葉は、うまければいいわけではない。誰にも傷をつけない。何にも踏み込まない。どこからも怒られない。そんな文章が増えるほど、そこから生きている者の息づかいが消えていく。私は、それがこわい。整った表現は便利だ。耳ざわりがいい。けれど、便利さだけでできた文章は、すぐに忘れられる。読み終えた瞬間、何も残らない。なぜか。そこに生活がないからだ。汗も、恥も、貧しさも、欲望も、怒りも、迷いもないからだ。
私は文学を、飾りとして見たことがない。もちろん、最初から立派な考えを持っていたわけではない。むしろ、若い頃の私はわからない本をわかったような顔で読んでいた。サルトルに夢中になり、『存在と無』のような分厚く難しい本まで、全部わかったとは到底言えないまま読み切った。ただ、その時代に流れていたものが、私の中にも入ってきたのだと思う。
文学は、現実から離れた高級な趣味ではなかった。戦争の記憶がまだ社会の底に残り、日本が復興へ向かってざわついていた。若者は、世界はどうあるべきか、自分はどう生きるべきかを考えた。政治の話をすることも、哲学にかぶれることも、文学を読むことも、どこかでつながっていた。
今の若い人から見れば、少し面倒くさい時代に聞こえるかもしれない。だが、面倒くささの中にしか、考える力は育たない。楽な言葉だけを選んでいたら、自分の人生まで、誰かが用意した言葉で語ることになる。
第二章
文学は、社会の中にあった
当時の若者がみな政治活動をしていた、などと言うつもりはない。私も警察に追われるようなことをしていたわけではない。きわどい時代ではあったが、ガンジーも言っているように、暴力だけは避けねばという信念はあった。ただ、空気として、現実の政治があって、その上に文学や芸術があるという感覚はあった。
文学より政治のほうが大事なのではないか。若い頃の私は、そんなふうに思ったこともある。あの頃はそれほど社会の問題が大きく見えていた。戦争の反省、世界の対立、朝鮮戦争やベトナム戦争につながるような時代のうねり。新聞の外側にある出来事ではなく、自分たちの考え方を揺らすものだった。大江健三郎も、石原慎太郎も、文学者でありながら政治から完全に離れてはいなかった。文学が社会と無関係な個人の遊びではなかったことだけは確かだ。
これは、文学に政治主張を混ぜろという話ではない。作品が説教になれば、読む側はしらける。だが、現実を避けて、ただ言葉をこね回しているだけでは、やはり何も届かない。大切なのは、何を書くかの前に、どこから目をそらしていないかだ。今は、政治の話をすると面倒がられることが多いのだろう。ならば黙っていたほうが安全だ。だが、安全な沈黙を続けているうちに、自分の暮らしを決める力まで、他人に渡してしまうことがある。
私が出会った文学は、行儀よく黙っているものではなかった。人がどう生きるかを問うなら、その人が生きている社会を避けて通ることはできない。食べるもの、働く場所、国の歴史、戦争の記憶、貧しさや差別。そうしたものの上に、一人の生活者は立っている。だから私は、読むことを軽く見ない。読むとは、自分の頭の中に別の時代を入れることだ。別の価値観に殴られることだ。心地よい確認だけを求めるなら、それは読書ではなく、ただの気晴らしである。
第三章
わからない本にも意味がある
サルトルを読んだと言うと、ずいぶん格好よく聞こえるかもしれない。実際には、どこまで理解できていたか怪しい。『存在と無』など、膨大で難しい。哲学書を読んだというより、ぶつかったというほうが近い。それでも、若い頃には、わからないものに向かう力がある。わからないからやめるのではなく、わからないのに気になる。背伸びは必ずしも悪いものではない。届かない棚に手を伸ばすから、少しだけ体が伸びる。
今は、わかりやすいものが強い。短く、速く、すぐ結論が出るものが喜ばれる。もちろん、わかりやすさは大切だ。だが、最初から簡単に飲み込めるものばかりを食べていたら、考える胃袋は弱っていく。難しい本には、すぐ役に立たないものが多い。だからこそいい。十代や二十代で読んだ本は、その場では理解できなくても、何十年も後になって別の形で戻ってくることがある。
私は、若い人に難しい本を読めと説教したいわけではない。ただ、わからないものをすぐ捨てるな、と言いたい。わからないものを前にしたとき、人は自分の小ささを知る。その小ささを知ることが、考える始まりになる。若い時期の矛盾は、簡単に片づけないほうがいい。早く答えを出しすぎると、その答えの形に自分を押し込めてしまう。
第四章
書きたい衝動は、腹から来る
小説を書き始めたきっかけに、政治的な背景が直接あったわけではない。私の場合、もっと内側から出てくるものだった。書きたい、という気持ちが先にあった。うまく説明できる動機ではない。腹が減れば飯を食べたくなる。そういう自然なものに近かった。もちろん、世の中のあり方や政治の問題を考えるべきだという思いもあった。自分の中から湧くものと、外の世界から迫ってくるものと、その両方があったのだと思う。
文章を書くとき、頭だけでは足りない。思想だけで書くと、文章は硬くなる。感情だけで書くと、流れてしまう。では何が必要か。体に残っているリズムだ。私は、国語の教科書に出てくる古典にも影響を受けた。江戸時代の心中物のような作品を読んでいるうちに、日本語の調子が自然に入ってきた。五七五の響き、語りの運び、声に出したときの滑らかさ。そういうものは、体が先に覚える。
言葉は、情報ではない。リズムでもある。匂いでもある。誰かの背中でもある。だから、同じ意味のことを言っていても、届く文章と届かない文章がある。正しいだけでは、人は振り向かない。整っているだけでは、心は動かない。書きたいなら、まず自分の腹の底に何があるかを見るしかない。怒りなのか。恥なのか。寂しさなのか。きれいなテーマを掲げる前に、そこを見なければならない。
若い人には、最初から上手に書こうとしすぎないでほしい。上手な文章は、いくらでもある。だが、その人でなければ出てこないひっかかりは、簡単には代わりがきかない。文章の入り口は、立派な志ではなく、どうしても黙っていられない何かでいい。
第五章
本屋は、書く人への入り口だった
今の若い人には、文芸誌という言葉自体が遠いかもしれない。だが、私が見てきた時代には、文学がもっと普通の場所に置かれていた。ある幼稚園の事務所に入ったとき、事務の方が『文學界』を開いて読んでいたことがある。特別な文学青年ではない。普通の人が、普通に文芸誌を読んでいた。今なら、なかなか見ない光景だろう。
私の家は岐阜にある。小さな町の本屋にも、同人誌が並んでいた。『ぎふ文学』のような地域の雑誌が、ごく自然に店頭に置かれていた。詩の雑誌なら『現代詩手帖』や『詩学』があった。町の本屋に、文学への入り口があった。当時の本屋には、ふらっと入った人を別の世界へ連れていく力があった。自分と同じ町で誰かが書いている。そういう感覚は、書くことへの距離を縮めた。
小説を書き始めようと思えば、同人誌に出す、新聞に小品を載せてもらう、賞に応募する。そうした道が思い浮かんだ。私もメモのような文章を新聞に載せてもらったことがある。たいしたものが書けたと言うつもりはない。ただ、書いたものを外へ出す場所があった。
今は、発表の場だけなら昔より多いのかもしれない。インターネットがあり、誰でも書ける。だが、誰でも出せる時代は、誰にも読まれない時代でもある。だからこそ、問いが必要になる。何のために書くのか。誰に向けて出すのか。反応の速さに飲み込まれず、自分の文章を鍛える場所をどう作るのか。書く人間が、読む人間と本気で出会う場所を作れるかどうか。そこは、今の時代にも問われている。
第六章
難しいだけの言葉は、誰も救わない
私は、文学を純文学だとか大衆文学だとかで分けることに、あまり意味を感じなくなっている。丸谷才一さんが、文学にはいいものとよくないものがあるだけだ、という趣旨のことを言っていた。立派な看板は、作品を救わない。純文学と呼ばれても、つまらないものはつまらない。逆に、大衆向けだと見られるものの中にも、人の心を動かすものはある。肩書きで読むのではなく、読んだあとに何が残るかを見るべきだ。
詩についても、私は少し疑問を持っている。正直に言えば、戦後の詩の世界はうまく成熟しきれなかった面があるのではないかと思う。叙情的なものを避け、感情に流されることを警戒し、日本語そのものを問い直そうとした。その意図はわかる。だが、その先で、言葉があまりにも現実から離れてしまったところがあるのではないか。極端に言えば、言葉が記号のようになってしまう。だが、人の喜びや悲しみに反応しない詩を、読者はどう受け取ればいいのか。
政治を書けと言っているのではない。私が言いたいのは、生活から離れた表現は、やがて読まれなくなるということだ。人が働き、食べ、老い、失い、誰かを思う。その場所に降りてこない言葉は、どれだけ精巧でも、どこか空虚になる。谷川俊太郎さんのように、いい作品を書いた人はいる。現代詩のすべてを一括りにするつもりはない。ただ、詩全体が専門家の内側だけで回るようになったとき、外にいる読者の心から遠ざかる。
やなせたかしさんのことを考えると、その違いが見えてくる。あの人は、いわゆる詩人の集団と強く結びついていたわけではないかもしれない。けれど、書いた詩は多くの人の心に触れた。なぜか。そこに、哀しみややさしさや、日々を生きる人に届くものがあったからだと思う。わかりにくければ深い、という考え方は危ない。逆に、わかりやすければ浅い、という決めつけも貧しい。問題は、難しさではない。その難しさが、何と格闘しているかだ。読者から逃げるための難解さなのか。簡単には言えない現実を抱えるための複雑さなのか。そこを見なければならない。
第七章
政治と詩は、別々ではなかった
私は、インドとの関わりの中で、忘れられない経験をした。向こうの大学の出版物に、日本の俳句を紹介する文章を書いてほしいと頼まれたことがある。俳句の専門家ではない。正直、困った。だが、日本人なら書けるだろうというような調子で頼まれ、ラフカディオ・ハーンのことなども含めて、英語で短い文章を書いて送った。内容は自慢できるようなものではない。けれど、向こうでは案外評判がよかった。日本の短い詩の形に、関心を持つ人たちがいた。
さらに印象に残っているのは、私が関わっていた頃のインドでは、首相や大統領が詩を書いていたことだ。日本の感覚では、少し驚くかもしれない。政治家が詩を書く。国を動かす立場の人が、言葉で歴史や苦しみに触れる。ある大統領の詩には、南アフリカのアパルトヘイトの問題が取り上げられていた。そこには、植民地の経験や、国の歩んできた歴史が見えていた。日本に対して好意的であっても、その根には、自分たちの国が背負ってきたものがある。付き合うなら、その背景を頭に置いたほうがいい。
インドにはタゴールがいる。アジアで最初にノーベル文学賞を受けた詩人であり、ガンジーとも親しかったとされる。独立の父と見られるガンジーの流れと、詩の流れが、どこかで響き合っている。少なくとも私が見た時期には、政治と詩は別々の箱に閉じ込められてはいなかった。日本にも、天皇や皇族が歌を詠む文化がある。国のかたちと言葉のかたちは、昔から無関係ではない。
若い人には、文学と政治を水と油のように考える人が多いかもしれない。けれど、人が生きる場所に政治があるなら、人を描く文学は政治と完全に無縁ではいられない。声高に主張する必要はない。ただ、歴史を見ないで人を語ることはできない。
第八章
みんなが走る時代は危ない
私にとって、あの時代はどんな時代だったか。ひとことで言えば、忙しい時代だった。経済成長があった。車を買い、暮らしも変わった。けれど、その渦中にいると、成長しているという実感はあまりなかった。気づいたら進んでいた。わけがわからないうちに、社会が前へ前へと動いていた。
テレビコマーシャルに「ああ、猛烈」という言葉があった。あの「猛烈」は、ただの流行語ではない。猛烈に働く時代を表していた。周りが走っている。だから自分も走る。どこへ向かっているのかを確かめる前に、とにかく足を動かす。その中には、面白いものもたくさん生まれた。混乱があり、苦しさがあり、同時に活気もあった。だから、単純に否定するつもりはない。だが、慌ただしさの中にいると、人は自分が何に疲れているのかさえわからなくなる。
これは昔だけの話ではない。今の若い人も、別の形で走らされているのではないか。成績、就職、収入、承認、将来への不安。むしろ、先が見えにくい道を、息を切らしながら走っているのかもしれない。だからこそ、立ち止まる言葉が必要だ。世の中の速さに合わせるだけでは、自分の内側が置いていかれる。何かを読んで、考えて、違和感を持つ。そういう時間は、役に立たないように見えて、実は人間を守る。必要なのは、過去の熱気から、今を見直すための火種を拾うことだ。
第九章
君の言葉は、誰のために震えているのか
私は、自分が大きなことを成し遂げたと言いたいのではない。むしろ、迷いの多い人間だった。もっと文学だけに没頭すればよかったのかもしれない。政治を考えすぎたのかもしれない。すべてが計画通りだったわけではない。それでも、長く考えてきたことがある。言葉は、現実から逃げるためにあるのではない。現実に押しつぶされないためにある。
文学は、人を扱う。ならば、その人が生きている時代を見なければならない。歴史も、政治も、暮らしも、感情も、切り離せない。人を部分だけで見ると、表現も部分だけになる。抽象化しすぎれば、読者は自分をそこに置けなくなる。今、君が何かを書くなら、まず自分に聞いてほしい。その文章は、どこで立っているのか。安全な場所から眺めているのか。誰かの痛みの近くにいるのか。自分の体を通った言葉になっているのか。
読むことも同じだ。楽しいものを読むのはいい。慰められるものを読むのもいい。だが、それだけでは足りない。たまには、気分よく消化できないものを読んだほうがいい。自分と違う時代、自分と違う国、自分と違う怒りに触れたほうがいい。そのとき、読書は暇つぶしではなくなる。言葉は、見栄えのために生まれたんじゃない。逃げ道でもない。人が自分の時代と向き合うための、頼りないが確かな道具だ。
きれいな文章を書かなくてもいい。立派なことを言わなくてもいい。だが、そこに生活の重さがあるか。誰かの息があるか。自分の迷いがあるか。そこから逃げていないか。若い君に残したいのは、答えではない。問いだ。君の言葉は、誰のために震えているのか。
言葉は、現実から逃げるためにあるのではない。現実に押しつぶされないためにある。
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