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佐藤 春男
東京都
税理士

中小企業の経営を見つめてきた人。便利になったのに、なぜ人は考えなくなったのか。AIに聞く前に、自分に聞け。

第一章
便利な時代ほど、人は考えなくなる

考えない人から、静かに沈んでいく。令和という時代を見ていると、私はときどきそう感じる。

分からないことがあれば、AIに聞けばいい。欲しいものがあれば、スマートフォンで買えばいい。お金が足りなければ、スキマバイトで今日の不足を埋めればいい。将来が不安なら、NISAを始めればいい。便利な道具はいくらでもある。昔なら何日もかけて調べ、人に頭を下げて聞き、失敗しながら覚えたことが、今は画面の中に出てくる。

もちろん、便利になったこと自体は悪いことではない。AIも使えばいい。投資制度も学べばいい。働き方の選択肢が増えることも、悪いことではない。ただし、ここに一つだけ危うさがある。便利なものは、人間から手間を奪う。そして手間が減ると、考える時間も減る。

AIは答えを出してくれる。ただし、AIに聞くこと自体が悪いのではない。危ういのは、AIが返してきた答えを「言葉だけ」で理解した気になってしまうことだ。出てきた答えを、自分の仕事や人生にどう当てはめるのか、どこに違和感があるのかまで考えて初めて、AIは本当の道具になる。

だが、人生の判断まではしてくれない。何を仕事にするのか。誰と働くのか。何にお金を使い、何を我慢するのか。こうした判断は、誰かに外注できない。令和は、考える前に動けてしまう時代である。だからこそ、動く前に一度立ち止まれる人が強い。そして、立ち止まって考える力を鍛えた時代が、昭和だった。

第二章
人生には、検索欄がない

学校には教科書がある。問題がある。解き方がある。だが社会に出た瞬間、その仕組みはほとんど通用しない。誰も問題を配ってくれない。答えも教えてくれない。そもそも、自分がいま何を問われているのかさえ、自分で見つけなければならない。

だから私は、若い人に向かって簡単に「夢を持て」とは言いたくない。今の若い人たちは、景気のいい時代を知らない。失われた三十年、四十年の中で生まれ育った人に、ただ「夢を持て」と言っても、何をどう努力すればいいのか分からないのは当然である。

だが、それでも人は変われる。変われないのではない。きっかけが遅れるだけだ。同級生が先に行く。誰かの姿を見たとき、人は初めて「自分はこのままでいいのか」と思う。希望とは、何もないところから突然湧いてくるものではない。外からの刺激によって形を持ち始めるものだ。

ただし、夢を持っただけでは何も変わらない。大谷翔平になりたいと言いながら、土俵の上で四股を踏んでいても、野球選手にはなれない。どれだけ真面目に汗を流しても、競技そのものを間違えていれば目的には近づかない。努力とは、量ではない。方向である。

だから、最初から大きな夢を完璧に描く必要はない。まず、自分がやりたいこと、変えたいことを十個ほど書き出してみればいい。その中から、目の前でできることを三つに絞る。そこまで落とし込んで、初めて夢は行動になる。やってみれば、必ず壁にぶつかる。けれど、それは失敗ではない。次の課題が見つかっただけである。

エジソンが一度で電球を完成させたわけではない。判断し、結果を見て、また考える。その繰り返しが前に進むということだ。行動しない天才より、歩き出す凡人の方が強い。人生に教科書はない。だから、誰かの答えを待っていてはいけない。自分で問いを立て、今日できる一手を打つしかない。

第三章
昭和は、不便だから考えた

昭和を、ただ懐かしい時代として語るつもりはない。昭和には良いものもあったが、貧しさも理不尽も古い価値観もあった。私が昭和に見ているのは、懐かしさではない。人が否応なく考えさせられた時代の力である。

昭和には、いろいろな差が見えた。家庭の違い、弁当の違い、親の仕事の違い、住んでいる場所の違い。今より社会全体が豊かではなかった分、自分と他人の差が生活の中にそのまま出ていた。子どもであっても、知らないふりはできなかった。差は人を傷つける。だが同時に、人を動かす力にもなる。

終身雇用も、昭和を語るうえで避けて通れない。会社は人を守ってくれた。だが、その安心は同時に、人を縛るものでもあった。終身雇用から外れた人間が、むしろ次の時代を先取りしていた面もある。

バブルも同じである。時代の波に乗っているだけの人は、波が引いたときに残らない。残るのは、自分の中に物差しを持っていた人である。家訓とは、代々の失敗や経験が形になったものでもある。そうしたタガを持っていた家や会社は、バブルの狂乱の中でも踏みとどまれた。

信念とは、自分に対するタガである。自由に生きるには、何でもありにするのではなく、自分を支える枠がいる。その基準を持たない人間は、時代が揺れたときに流される。昭和は、そういう意味で、人に考える体力を求めた時代だった。令和が昭和から学ぶべきなのは、根性論ではない。考え続ける体力である。

第四章
会社は、不況の前に〝思考停止〟で潰れる

会社は不況だけで潰れるのではない。資金繰りだけで潰れるのでもない。もっと手前で、経営者の考え方が会社を危うくしていることがある。その根本にあるのは、自己中心の経営である。

自分の商品を買ってほしい。社長がそう思うのは当然だ。だが、商売は社長の都合では動かない。買うかどうかを決めるのは、あくまで相手である。相手が欲しいから買う。必要だから買う。その「欲しい」を見抜けない会社は、どれだけ頑張っても売れない。

ドラッカーは「顧客の創造」と言った。私はこの言葉を大事にしている。しかし、日本には中小企業向けの本がほとんどない。大企業の成功法則をそのまま中小企業に持ち込んでも、うまくいかない。経営者に必要なのは、有名な理論を覚えることではない。自分の会社の現場に翻訳することである。

優れたマネキン販売員は、人を見るのが早い。商品だけを見ているのではない。人を見ている。これが商売である。夕張メロンは、ふるさと納税でしか手に入らない。だから価値が出る。商売は、商品を見る仕事ではない。人を見る仕事であり、価値の見せ方を考える仕事である。

そして経営は、数字から逃げられない。私にとって税務は入口ではない。経営の出口である。利益があっても、金がなければ会社は潰れる。決算書は、税務署に出すためだけの書類ではない。会社の健康診断書である。決算書には、経営者の考え方がそのまま出る。

黒字でも会社は死ぬ。現金がなければ、明日は越せない。中小企業に必要なのは、社長の思いを押し出すことではない。相手を見る。現実を見る。金の流れを見る。そこからしか、本当の経営は始まらない。

第五章
谷底なんてなかった。最初から崖だった。

私の人生は、最初からきれいな道が用意されていたわけではない。若い頃から税理士になろうと決めていたわけでもない。ただ、サラリーマンにはなりたくないという感覚だけはあった。それは立派な夢ではなかった。むしろ「こうはなりたくない」という違和感だった。だが、人は明るい目標だけで動くわけではない。そういう違和感が、人生を動かす最初の力になることもある。

簿記の講師になるには、日商簿記一級が必要だった。ならば取るしかない。だが、そこで私は、講師はただ教科書を教えるだけの存在ではないと考えるようになった。日商一級の検定試験は合格率が10%ほどで、二級から一級へ進むことに尻込みする人も多い。そこで私が「オレが一級を担当するから、みんな来ないか」と声をかけると、進級の申し込みが増えた。講師とは、学校産業の中にいる「営業マン」でもある。ドラッカーの本を読んでもいなかったのに、私は現場でそれに近いことをやっていたのだと思う。

振り返れば、私に谷底はない。最初からダムの水際のような場所から崖を登っていた感覚である。下を見れば怖い。だから見ない。どこに足を置くのか、次にどの岩をつかむのかを考え続けるしかなかった。私にとって努力とは、ただ長く働くことではない。人が見ていないところで、自分の選択肢を増やすことである。

私は、読んだ本や人との会話の中から、将来役に立つ言葉をノートに残してきた。そのノートは三十冊ほどある。十年前に書いたものを読み返して、今に役立つものはないかと探すこともある。一カ月以上前に会った人と再び会うときには、前回どんな話をしたのかを復習する。そういうことを、私はやってきた。

成功する人は、どこかで必ず、自分を作る言葉や考え方に出会っている。大谷翔平さんは、高校生のとき、たまたま手に取った本の著者が中村天風だったという。努力とは、ただ体を動かすことではなく、自分をどこへ向かわせるのか、その方向を決める言葉を持つことでもある。私自身も学生時代には数学の公式を天井に貼って覚えた。人が見ていないところで自分をどう作るか。そこに、努力の差が出る。

第六章
努力は、差別化である

努力という言葉は、令和では古く聞こえるかもしれない。だが、言い方を変えればいい。努力は、差別化である。

AIが答えを出す時代だからこそ、自分で問いを立てる人が強い。便利な道具がある時代だからこそ、考える習慣を持つ人が残る。誰でも情報を手に入れられる時代だからこそ、その情報をどう組み立て、自分の人生や経営にどう使うかで差がつく。

昭和の努力を、そのまま美化するつもりはない。根性だけで何とかなる時代では、もうない。だが、昭和の人間が持っていた「人が見ていないところで考え続ける力」は、今の時代にも必要である。考える。記録する。行動する。失敗したら、次の課題として受け止める。そしてまた考える。

昭和100年。いま必要なのは、昔を懐かしむことではない。便利な令和で沈まないために、昭和が鍛えた「考える体力」を取り戻すことだ。AIに聞く前に、自分に問え。世間に流される前に、自分の物差しを持て。動く前に考えろ。考えたら、動け。考えない人から沈んでいく。だが、考える人は、まだいくらでも上に行ける。

行動しない天才より、歩き出す凡人の方が強い。

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