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森本 正昭
東京都
心理学・情報研究

平和を考え続けた人。人間性を理解することから生まれた、小さな平和論。国と国は、すぐにこわれる。でも、人と人は、また会える。

第一章
戦争のない世界を目指して

私は戦争を体験したと言っても、兵隊として戦ったわけではない。ただ、そのときの記憶は、いまでもはっきりと残っている。

中でも強く残っているのは空襲の光景だ。敵は住民の恐怖心を煽るため、夜間を狙ってくる。あたり一面が火に包まれ、どこへ逃げても安全な場所がない。山の方へ逃げ込めば助かるかもしれないと思って走るが、そこにはすでに人がいて、「ここは自分の防空壕だから入るな」と追い返される。仕方なくまた別の場所へ向かう。そうやって、運に任せて生き延びるしかなかった。

第二章
こわかったのに、元気だった

いま振り返れば、非常に恐ろしい状況だったと思う。しかし、その渦中にいた私は、必ずしも恐怖に押しつぶされていたわけではない。むしろ、妙に元気だった。意気揚々とでもいうのだろうか。

家族を連れて走りながら、「絶対に負けない」と思っていた。悔しいとか悲しいというよりは、どこか興奮に近い感覚だった。敵の爆撃機に向かって石を投げたこともある。もちろん届くはずはないが、そのときは本気だった。

人間というのは、極限状態に置かれても、ただ恐れるだけではない。生き延びるために、別の感情が前に出てくることがあるのだと思う。日本人は「笑って耐える」と言われることがある。この言い方をそのまま肯定するつもりはないが、あの時代を思い返すと、そう見える場面があったことも確かだ。

私は、それは強さというよりも、相手を意識する気持ちから来ているのではないかと思っている。自分が苦しい顔をすれば、相手を困らせる。場の空気を悪くする。だから表に出さない。その結果として、「耐えているように見える」。そこには、自分よりも他人を優先するような感覚がある。

この性質は、良い面と危うさの両方を持っている。周囲に合わせることで、大きな流れに乗ってしまうこともある。一方で、相手を思いやることで、人と人との関係を支える力にもなる。私は戦争の中で、その両方を見た。人間は流されやすいが、同時に、簡単には切れないつながりも持っている。

第三章
戦争は、終わってからも続いていた

父は、私が二歳のときに戦死した。軍人だった。父の後を継いで軍人になる、というのが子どもの頃の自然な目標だった。しかし戦争が終わると、その道は完全に否定された。軍人という存在そのものが消えたからだ。何を目指していいのか、わからなくなった。

戦後の教室には、「自由」「平等」「平和」と書かれた紙が貼られていた。だが、それが何を意味するのかを、誰もはっきり教えてはくれなかった。戦争中は、国のために戦うことが正しいとされていた。ところが敗戦を境に、その正しさは一夜で変わった。先生たちでさえ、何を教えればいいのかわからなかったのではないか。

私にとって戦後とは、平和がきたというより、信じていた価値の置き場所が急になくなる経験だった。私はその状態を長く引きずった。大学に入るときも、どの学部に進めばいいのかわからない。就職しても長く続かず、何度か仕事を変えた。ようやく落ち着いたと思った頃には、ずいぶん遠回りをしていた。

第四章
なぜ人は、戦争を繰り返すのか

こうした経験を経て、私は繰り返し考えるようになった。「なぜ人は、これほどまでに戦争を繰り返すのか」。歴史的な対立、資源の問題、政治体制の違い、経済格差。どれも間違いではない。しかし、それらを一つひとつ解決すれば戦争がなくなるかというと、そう単純でもない。

私はあるとき、不愉快な結論に近づいた。人間は、戦争をやめられないのではなく、どこかでそれを選んでいるのではないか。多くの人は反対している。しかし、いざ状況が緊張し、対立が深まると、人は簡単に「戦う側」に回る。あのときの自分を思い出しても、そうだ。子どもでありながら、「負けない」という気持ちが自然に湧いていた。

戦争は正しさで始まるのではない。感情で始まる。そして一度始まれば、正しさの議論では止まらない。戦争を引き起こす根は、人間の内側にある。その前提に立たなければ、対策は表面的なものに終わる。戦争をどう止めるかではなく、そもそも戦争が起きない状態をどうつくるか。その視点に立たない限り、同じことが繰り返される。

戦前の集団志向がすべて悪かった、と私は単純には思っていない。人と人がまとまり、助け合い、弱い人を支える力そのものまで否定してしまえば、社会は貧しくなる。必要なのは、集団の力を戦争に使うことではない。人を支え、国境を越えてつながるために使うことだ。

第五章
国は友だちになれない。人は、なれる。

国家と国家の関係は、簡単に壊れる。昨日まで握手していた相手と、今日は対立する。条約も合意もあるが、それは状況が許すあいだだけ機能する。利害がぶつかれば、関係は一瞬で反転する。

それに比べて、人間同士の関係はずいぶん違う。私は外国人の友人が多いわけではないが、何人かと付き合う中で、ある確信を持つようになった。人は、会えばわかる。話せば通じる。国籍や歴史の違いは、思っているほど壁にはならない。

国家は抽象的な存在であり、人間は具体的な存在だ。抽象同士は衝突しやすいが、具体同士は折り合いをつけやすい。顔が見えるかどうか、その違いが決定的に大きい。戦争は、多くの場合「知らない相手」とのあいだで起きる。相手は「敵」という記号になる。記号になった瞬間、人はそこに現実の人間を見なくなる。

逆に言えば、そこに一人でも具体的な相手がいれば、その認識は変わる。自分の知っている誰かがいる国を、単純に敵とは思えなくなる。国同士では届かないものが、人と人のあいだでは届く。そこに、私は小さな希望を見ている。

第六章
外国に、ひとりの友だちをつくる

私は、戦争をなくす方法を長く考えてきた。歴史も見たし、制度も考えた。しかし、どれも決定打にはならない。そこで私は、考え方を変えた。大きな仕組みから入るのではなく、いちばん小さな単位から考えることにした。国家ではなく、個人だ。

私はこれを「民際」と呼んでいる。国際ではない。民間同士の関係から始めるという意味だ。難しい話ではない。一人が一人の外国人と友人になる。それだけでいい。普通に会って、話して、食事をする。その関係が一つできるだけで、その国に対する見方は確実に変わる。

人は、自分の知っている具体的な相手を基準にして物事を考える。「あの国は危険だ」と言われても、そこに友人がいれば、単純には信じない。その時点で、扇動は効きにくくなる。戦争は、多くの人が無関係なまま巻き込まれることで成立する。関係が生まれれば、判断に感情が入り、躊躇が生まれる。その小さなズレが、積み重なれば大きな差になる。

若い人に何か言うとすれば、多くの人が正しいと言う道を、そのままなぞる必要はないということだ。むしろ、その裏側に回ったほうがいい。外国に友人を持つというのも、その一つだ。語学力が特別に優れている必要はない。立派な理由もいらない。とにかく一人とつながることだ。

世界平和という言葉は大きすぎる。しかし、その実体は、個人の関係の積み重ねでしかない。地味で、時間もかかる。それでも、壊れにくい。戦争は遠い場所で起きているように見えるが、実際には人と人との心理的な距離の問題だ。その距離を少しでも縮めることができれば、状況は変わる。

第七章
境界を越える知性

境界を越えるとは、遠い国へ行くことだけではない。自分の中にある決めつけを、一つずつ外していくことだと思う。戦争は、人と人とのあいだに境界をつくる。こちら側とあちら側。味方と敵。その線が濃くなるほど、人は相手を一人の人間として見なくなる。だからこそ、戦争を起こさないために必要なのは、強い武器ではなく、境界を越えて考える力なのだと思う。

私は、ひとつの道だけを歩いてきたわけではなかった。心理学を学び、原子力船の遮蔽研究に関わり、コンピューターを使い、広告情報の波及を考え、福祉や情報弱者の問題にも向き合ってきた。一見するとばらばらに見えるかもしれない。しかし、私の中では、それらはすべて「人間をどう理解するか」という問いにつながっていた。

国と国の境界は、簡単には消えない。けれども、人と人の境界なら、少しずつ越えられる。一人の外国人と出会い、話し、友人になる。その小さな経験が、心の中の国境を少しだけ薄くする。

戦争のない世界は、大きすぎる理想かもしれない。けれど、その入口は案外小さい。知らない相手を、知らないままにしないこと。違う世界の人を、自分とは無関係だと決めつけないこと。境界の向こうにいる人を、一人の友人として見ようとすること。

分野を越え、仕事を越え、人との出会いを越えながら、最後に残ったのは、知識ではなく、つながるための知恵だった。世界を変える最初の一歩は、国を動かすことではない。隣の国に、ひとりの友だちをつくることなのだと思う。

国は友だちになれない。人は、なれる。

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