前澤友作

1975 -

スタートトゥデイ、ZOZO創業者

藤田晋

1973 -

サイバーエージェント創業者

三木谷浩史

1965 -

楽天創業者

豊田章男

1956 -

トヨタ自動車会長/社長

柳井正

1949 -

ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長

似鳥昭雄

1944 -

ニトリ創業者

松下幸之助

1894 - 1989

パナソニック創業

時代を継いで語られる

日本の代表的起業家

1890

1980

同時代の経営者たち

ZOZOを生み出した前澤友作の、他者との比較ではなく独自の価値を追う発想を表す言葉。

競争も嫌い

YUSAKU MAEZAWA

ZOZO・スタートトゥデイ創業者/ZOZO・スタートトゥデイ

1975年

星座出版
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前澤友作
1975年 ZOZO・スタートトゥデイ創業者/ZOZO・スタートトゥデイ
YUSAKU MAEZAWA

バンドのドラマーとして音楽に青春を捧げた若者が、輸入レコードの通信販売からアパレルの巨大な通販帝国を築き上げる。前澤友作の歩みは、既存のビジネスの常識からはみ出した、どこか自由で軽やかな足取りに彩られている。競争に勝つことよりも、好きなものを好きな人に届けること。その一貫した姿勢が、ZOZOTOWNという独特の世界をつくり、やがて彼を宇宙へと向かわせていった。

第一章
音楽に夢中だった青年

前澤友作は一九七五年、千葉県に生まれた。少年期から音楽にのめり込み、とりわけパンクやハードコアといった、規律よりも衝動を尊ぶ音に強く惹かれていった。大学への進学が当然とされる空気のなかで、彼はその道をあえて選ばず、自分の好きなことに賭けるという選択をする。

高校卒業後、彼はバンド活動に打ち込み、ドラマーとして音楽の世界に身を置いた。組織に属して上を目指すのではなく、好きな仲間と好きな音を鳴らす。横並びの競争から距離を置くこの感覚は、後の経営者・前澤友作の根を、すでにはっきりと形づくっていた。

バンドという営みは、勝ち負けで測れるものではない。誰かを蹴落として頂点に立つのではなく、仲間と心を合わせ、自分たちの表現を世に問う。そこにあるのは、競争の論理とはまったく別の価値観である。若き日の前澤が没頭したこの世界は、のちに彼が事業を営むうえでの精神の原型を、静かに育てていたといえる。

音楽活動のかたわら、彼は海外から輸入したレコードやCDを、通信販売で売りはじめる。好きな音楽を、それを欲しがる人のもとへ届ける。商売というよりも、趣味の延長のような営みだった。だがこの小さな通販こそが、やがて巨大な事業へと育っていく最初の一粒の種であった。

レールから外れることを恐れない感覚は、この時期の前澤の核心をなしている。多くの同世代が受験や就職という決められた道を歩むなか、彼は自分の好きなものだけを頼りに、独自の道を切り拓こうとした。失敗を恐れる以上に、心の動かないことに時間を費やすのを恐れる。そうした価値観は、のちに会社を率いる立場になっても、まったく揺らぐことがなかった。

第二章
通販という発見

輸入レコードの通信販売は、思いのほか手応えを伴った。前澤は、店舗を構えず、カタログと郵送で顧客とつながるこの仕組みのなかに、自分に合った商売の形を見出していく。一九九〇年代後半、彼はこの事業を母体に、有限会社スタートトゥデイを立ち上げた。

インターネットの普及は、彼の商売を一変させる。紙のカタログはウェブサイトへと姿を変え、扱う商材もレコードから衣料品へと広がっていった。好きなものを並べ、それを求める人に直接届けるという根本の発想は変わらない。ただ、その舞台が無限に広がるオンラインへと移ったのである。

前澤には、流行を嗅ぎ分ける独特の感性と、洋服やデザインへの真摯な愛着があった。儲かるからではなく、自分が良いと思うものを並べる。その審美眼が、後発のアパレル通販を、他とは一線を画す存在へと押し上げていく原動力となった。

通販というかたちは、前澤の気質とも深く響き合っていた。店頭で客と対面し、競合店としのぎを削るのではなく、画面の向こうの一人ひとりに、丁寧に商品を届ける。規模を競うよりも、買い物そのものを心地よい体験に変えること。彼が思い描いていたのは、消耗戦の市場ではなく、好きなものを介して人と人とがつながる、もう少し穏やかな商いの世界だったのである。

第三章
ZOZOTOWNの誕生

二〇〇四年、スタートトゥデイはファッション通販サイト「ZOZOTOWN」を開設する。多くのブランドの服を一つの場所に集め、まるで街を歩くように買い物ができる、洗練された世界観を打ち出したこのサイトは、ファッション好きの若者たちの心を瞬く間にとらえた。

ZOZOTOWNの強みは、単に商品を並べることにとどまらなかった。商品の魅力を引き出す写真や紹介の文章、使いやすい仕組み、そしてブランドへの敬意。前澤が音楽やデザインへの愛から培ってきた美意識が、サイトのすみずみにまで行き渡っていた。価格競争で消耗するのではなく、世界観で選ばれる場をつくったのである。

二〇〇七年、スタートトゥデイは株式上場を果たす。レコードの通販からはじまった小さな商売は、日本を代表するファッションECへと駆け上がっていった。前澤友作は、アパレル業界の風景を塗り替えた起業家として、広く名を知られる存在となる。

ZOZOTOWNの成功は、多くのブランドにとっても福音であった。実店舗を構えずとも全国の顧客に商品を届けられる場を、前澤は用意してみせた。彼が築いたのは、単なる販売サイトではなく、つくり手と買い手が出会う一つの生態系だったといえる。好きなものを並べるという素朴な動機からはじまった事業が、やがて業界全体の流通の形を変えていったのである。

第四章
競争も嫌い

前澤がしばしば口にしてきた言葉に、「競争も嫌い」というものがある。一般に、ビジネスとは熾烈な競争であり、ライバルを打ち負かしてこそ勝者になれるとされる。だが彼の発想は、その常識とは異なる地点に立っていた。誰かと比べ、誰かを蹴落とすことに、彼は本質的な関心を持たなかった。

競争を嫌うとは、戦いから逃げることではない。むしろ、消耗戦の土俵にあえて乗らず、誰も占めていない独自の場所を切り拓くという、もう一つの戦い方の表明である。価格や規模で他社と張り合うのではなく、好きなものを好きなように突き詰めることで、結果として唯一無二の存在になる。ZOZOTOWNの独自性は、まさにこの思想の産物であった。

労働時間の短縮や、社員が無理なく働ける環境づくりにも、前澤は早くから関心を寄せてきたとされる。みなで競い合って疲弊するよりも、それぞれが心地よく力を発揮できる場をつくる。「競争も嫌い」という一言の奥には、人や仕事に対する彼なりの優しいまなざしが宿っている。

競争を避けるという姿勢は、しばしば甘さや弱さと混同される。だが前澤の場合、それはむしろ、何が本当に大切かを見極める強さの裏返しであった。順位や数字に振り回されれば、人は手段と目的を取り違えてしまう。彼が守ろうとしたのは、好きなものを好きだと言える自由であり、その自由を社員や顧客とも分かち合うことだった。競わないという選択は、彼にとって信念に基づく積極的な決断だったのである。

第五章
事業の譲渡と新たな自由

二〇一九年、前澤は大きな決断を下す。スタートトゥデイ改めZOZOの株式の大部分を、ヤフーを擁するZホールディングス側に譲渡し、自らは経営の第一線から退いたのである。手塩にかけて育てた会社を手放すこの選択に、世間は驚きをもって受け止めた。

だが前澤にとって、それは終わりではなく、新たな自由への扉だった。組織を率いる重責から解き放たれた彼は、個人としての発信や、これまで温めてきた構想の実現へと、軸足を移していく。会社の規模や順位を競うことから降りた彼の選択は、「競争も嫌い」という信条と、見事に響き合っていた。

経営から退いた後も、彼の名はむしろいっそう広く知られるようになる。SNSを通じた大胆な発信、芸術への投資、そして社会への還元の試み。前澤友作という人物の関心は、一企業の枠をはるかに超えて広がっていった。

会社を手放すという決断には、当然ながら賛否があった。築き上げたものを途中で離れることへの惜しさや、企業としての先行きを案じる声も少なくなかった。それでも前澤は、自分が情熱を注げる対象へと身軽に向かうことを選んだ。地位や規模にしがみつかず、心の赴くままに次の舞台へ移っていく。その潔さもまた、彼の生き方を貫く一本の筋であった。

第六章
宇宙へ向かう

前澤の挑戦は、ついに地球の外へと及んだ。二〇二一年、彼は民間人として国際宇宙ステーションに滞在し、宇宙からの景色を多くの人々と分かち合った。さらに彼は、月を周回する飛行計画への参加を表明し、一般の人々とともに宇宙を目指すという構想を、世間に投げかけた。

こうした挑戦もまた、誰かと競って勝つためのものではない。自分が心から見たい景色を見にいき、その感動を分かち合う。好きなことを、好きなように突き詰めるという少年時代からの姿勢が、舞台を宇宙にまで広げて貫かれているのだ。レコードを届けた青年は、いまや夢そのものを人々に届けようとしている。

美術品の収集や、社会に向けた還元の試みなど、彼の関心は多方面にわたる。そのいずれにも共通するのは、利益や勝敗の物差しから自由であろうとする態度である。集めた作品を独り占めするのではなく、多くの人と分かち合おうとする姿勢にも、彼らしさがにじむ。

宇宙を目指す前澤の挑戦には、批判や懐疑の声もつきまとった。しかし彼は、他者の評価を気にして立ち止まることをしなかった。誰かと張り合うためでも、認められるためでもなく、ただ自分が見たい景色を見にいく。その純粋さこそが、多くの人を惹きつけてやまない前澤友作という人物の核心である。

第七章
自分の物差しで生きる

音楽に夢中だった青年が、輸入レコードの通販からファッションの巨大な世界を築き、それを手放したのちは宇宙へと向かう。前澤友作の歩みは、定石をなぞらず、自分の心が惹かれるものへとまっすぐに進んできた軌跡である。

「競争も嫌い」という一見すると経営者らしからぬ言葉は、彼の生き方そのものを言い表している。他人の物差しで自分を測らず、勝ち負けの外側に自分だけの価値を見出す。その姿勢が、横並びの常識を打ち破る独創を生み、多くの人を惹きつけてきた。

彼が遺しつつあるものは、ZOZOTOWNという事業の成功にとどまらない。常識や他人の評価に縛られず、自分の心が本当に求めるものに従って生きてよいのだという、一つの生き方の証明である。それは、横並びの圧力のなかで息苦しさを感じる多くの人々にとって、静かな励ましとなっている。

前澤の物語が示すのは、競争に勝つことだけが成功ではないという、もう一つの可能性である。自分の好きなものを信じ、それを誰かと分かち合う。その素朴で力強い原理を貫いてきた彼の歩みは、これからも自由な形で続いていくのだろう。

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