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石原 亨
島根県
元教師

作家・里見弴と交わった人。人は、壁を登ったあとに変わる。自信は、あとから来る。

第一章
自信は、動いたあとについてくる

自信がないから動けないのではない。動かないから、自信がないままなのだ。人はよく、準備ができたら動くと言う。知識が足りない。経験が足りない。肩書きがない。もう少し勉強してから、もう少し自分に力がついてから。そうやって、人生の大事な場面を、いつまでも先へ送ってしまう。だが、準備が整った日など、そう簡単には来ない。自信というものも、どこかから突然授けられるものではない。机の前で考えているだけでは、自信は増えない。むしろ考えれば考えるほど、自分に足りないものばかりが見えてくる。

私にも、誇れるものがないと思っていた時期があった。人に胸を張って差し出せるものがない。そう感じることは、決して特別なことではない。学校でも、職場でも、家庭でも、人はいつも誰かと比べてしまう。あの人には実績がある。あの人には才能がある。そう思った瞬間、自分の前にある壁は、実際よりもずっと高く見えてくる。しかし、壁というものは、見上げているあいだが一番高い。近づいてみると、手をかける場所がある。声をかけてみると、返事がある。会ってみると、肩書きの奥に人間がいる。

私が会いに行ったのは、作家・里見弴氏だった。のちに十年にわたり、九回訪ねることになる人物である。けれど、その出会いは、最初から用意された美しい物語ではなかった。熱烈な読者として胸を高鳴らせていたわけでもない。むしろ、足りないものだらけのまま、私はその扉の前に立った。世間では大きな名を持つ人だった。けれども、そこにいたのは、遠くから拝むべき権威ではなかった。話を聞き、笑い、こちらを一人の人間として迎えてくれる人だった。人に会うとは、肩書きに会うことではない。人に会うことなのだ。

もちろん、動けば必ずうまくいくわけではない。扉が開かないこともある。恥をかくこともある。だが、動かなければ、何も起こらない。断られることさえない。失敗もないが、出会いもない。安全な場所にいるかぎり、人生は傷つかないかもしれない。けれど、傷つかない人生は、広がりもしない。

自信とは、行動の前に持つものではない。行動したあとに、少しずつ体の中に残っていくものだ。あのとき自分は逃げなかった。あの人に会いに行った。あの壁の前で、ただ見上げて終わりにしなかった。そういう小さな記憶が、やがて人を支える芯になる。何もないから、動けないのではない。何もないと思うなら、なおさら動くしかない。高い壁は、見上げるためにあるのではない。登ってみるためにある。

第二章
人は、壁を高く見積もりすぎる

誰かを偉いと思いすぎた瞬間、自分の可能性は半分死ぬ。人は、相手そのものを見る前に、相手についた名前を見てしまう。名門校。優秀な人。著名な作家。そういう言葉が目の前に立った瞬間、まだ何も始まっていないのに、自分だけが一段低い場所にいるような気がしてくる。

私はかつて、地方で教壇に立っていた。教える側が上で、教わる側が下だと、外からは見えるかもしれない。だが、実際にはそんな単純なものではない。松江北高校に移ったとき、私は生徒たちが、とても偉く見えた。自分はこの子たちに対して、胸を張って差し出せるものがあるのか。何か一つ、生徒に負けないものを持たねばならない。そんな思いが、私の中に生まれた。これは、立派な決意というより、もっと人間くさい感情だった。焦りも、悔しさも、馬鹿にされたくないという小さな意地もあった。けれど、人は、自分の足りなさに気づいたとき、初めて本気で何かを探し始める。

劣等感には、二種類ある。人を黙らせる劣等感と、人を立たせる劣等感だ。前者は「どうせ自分には無理だ」と言わせる。後者は「このままではいけない」と言わせる。同じ不安でも、向かう先が違う。壁の前で座り込むのか、壁に手をかけるのか。その差は、才能よりも大きい。

本当に怖いのは、相手の大きさではない。自分を小さく扱う癖のほうだ。目の前の人間を「偉い人」と決めた途端、言葉が出なくなる。失礼があってはいけない。笑われてはいけない。そうやって考えれば考えるほど、こちらの足は止まる。まだ会ってもいない相手に、こちらが勝手に負けてしまう。偉い人を偉いと思いすぎるな。高い壁を高いまま眺めすぎるな。壁は、越えようとする人の前で、少しずつ形を変える。

第三章
知識より先に、真心が要る

よく知っているから会えるのではない。会いに行くから、知ることが始まる。人は、知らないことを恐れる。相手のことをよく知らない。失礼をするかもしれない。だから、もっと調べてから、もっと自分を整えてから行こうとする。だが、そうやって待っているうちに、会うべき人には会えなくなる。

私が会いに行った里見弴氏も、最初から熱烈な読者だったわけではない。よく読んでいたかと聞かれれば、そうではなかった。松江北高校の教壇に立ったとき、私は生徒たちに対して、何か一つ持たねばならないと感じていた。そのとき、松江を舞台にした里見氏の小説があることを知った。ならば、その足跡をたどってみようと思った。土地を歩き、場所を確かめ、自分の足でまとめてみる。そうしてできたものを持って、鎌倉へ向かった。

相手は世に知られた作家である。こちらは地方の一教師である。普通に考えれば、遠い。けれど、人生を変える扉は、いつも「普通に考えれば無理だ」と思う場所にある。電話番号も簡単にはわからなかった。友人の助けを借り、ようやく連絡がついた。いま思えば、あの一歩は大胆だったかもしれない。だが、大胆さというより、切実さだった。このままではいけないという思いが、私を動かした。

最初の訪問で、里見氏は気持ちよく迎えてくださった。こちらが完璧な研究者だったからではない。私は、知識で相手を圧倒しに行ったのではなく、人として話を聞きに行った。それがよかったのだと思う。知識は大事だ。準備も大事だ。だが、知識だけで人の心は開かない。相手の前に立つとき、最後に伝わるのは、こちらの真心である。本気で聞きたいと思っているか。相手を肩書きではなく、一人の人間として見ているか。

その訪問は、一度で終わらなかった。十年にわたり、九回訪ねることになった。最初からそんな未来が見えていたわけではない。たった一度、会いに行った。その一度が、次の一度を連れてきた。出会いとは、そういうものだと思う。知り尽くしてから行くのではない。真心を持って行くから、そこから知ることが始まる。

第四章
肩書きに会うな、人に会え

肩書きに向かって話すと、人間の声は聞こえなくなる。人と会うとき、私たちはつい相手の名前の前にあるものを見てしまう。作家。先生。社長。世間が与えた肩書きは、便利な目印であると同時に、人と人との距離を遠ざける壁にもなる。相手を尊敬することは大切だ。だが、尊敬と萎縮は違う。相手を大きく見すぎると、こちらの言葉は小さくなる。

私が里見弴氏に会いに行ったとき、もし文学論を振りかざしていたら、あの時間は別のものになっていたかもしれない。私は、里見氏の熱心な読者ではなかった。むしろ、そのことがよかったのだと思う。作品の評価を語りに行ったのではない。私は、話を聞きに行った。人に会いに行った。目の前にいたのは、遠くから眺める銅像のような人ではなかった。気軽に世間話ができる空気があった。私は、肩書きの奥に、一人の人間がいることを知った。

人間同士の距離は、立派な言葉だけで縮まるものではない。ときには、野球の話が場を温める。里見氏も野球が好きだった。高校野球の話になると、話が弾んだ。文学の大家と地方の教師が向かい合っている、という構図だけで見れば、そこには大きな上下があるように見える。だが、野球の話をしているとき、人は少し肩書きから自由になる。人は、正しさだけで心を開くわけではない。相手の前で、こちらがどれだけ自然でいられるか。ただ聞き、ただ笑い、同じ時間を過ごせるか。その姿勢のほうが、よほど深く伝わることがある。

人に会うとは、相手を小さく扱うことではない。むしろ逆である。肩書きだけで相手を見ることは、その人を狭い箱に閉じ込めることでもある。作家である前に、一人の人間がいる。教師である前に、一人の人間がいる。生徒である前に、一人の人間がいる。私は、里見氏との時間を、ただ「文豪に会った時間」とは思っていない。おじいさんと話をするような時間でもあった。そこに、私の人生を変えるほどの温かさがあった。肩書きは、人を知る入口にはなる。だが、入口に立ったままでは、人には会えない。

第五章
正しさは、一晩で黒く塗られる

正しさほど、時代に利用されやすいものはない。人は、自分が信じているものを「自分で選んだ」と思いたがる。だが、本当にそうだろうか。正しいと思っていること。悪だと思っているもの。その多くは、自分の考えというより、その時代の空気に教え込まれたものかもしれない。

私は、小学校二年の夏に敗戦を迎えた。これは私の戦争体験を語りたいから書くのではない。戦争が、人間の「正しさ」をどれほど簡単に作り替えるかを見たからだ。戦時中、登校するとき、校門には藁人形があった。子どもたちは、それを突撃した。藁人形には、敵国の指導者の名前が重ねられていた。私は、そういう名前を、憎むべき相手として覚えた。難しい政治の意味など、子どもにわかるはずがない。それでも、突くべき相手として名前だけは体に入ってくる。これが怖いのだ。何が本当なのかを考える前に、何を憎むべきかを先に教えられる。

そして、戦争に負けた。それまで正しいとされていたものが、急に正しくなくなる。教科書は黒く塗られる。昨日まで声高に言われていたことが、今日には違う顔をしている。恐ろしいのは、負けたことだけではない。正しさが、こんなにも簡単に塗り替えられることだ。もし戦争がもう少し続いていたら、近くにいた子どもたちも、やがて戦地へ送られていたかもしれない。若い命がもっと大切にされていたら、と思う。

正義という言葉は、人を立たせることもある。だが、人を奪うこともある。国のため、時代のため、みんなのため。そういう大きな言葉の前で、一人ひとりの命や顔が見えなくなるとき、人間は危ういところへ連れていかれる。だから私は、時代の正しさを信じすぎないほうがいいと思っている。みんなが同じ方向を向いているときほど、自分の心が本当にそこにあるのかを確かめたほうがいい。最後に頼れるのは、時代が配る正義ではない。目の前の人の命を、軽く扱わない感覚である。

第六章
人間は、教室の外で育つ

人間は、教室で教わるより、教室の外で人間になる。学校は大切だ。教科書も大切だ。けれど、人間が人間との距離を覚える場所は、それだけではない。むしろ、もっと曖昧で、もっと遊びに近い場所で、人は大事なことを身につけていく。私は、昔の暮らしを美しく飾りたいわけではない。ただ、あのころの子どもたちには、いま失われつつある学びの場所があったと思う。

学校からの帰り道、友達と山道を通った。道の途中には、食べるものがあった。木の実や、山にある自然のものを取って食べた。私にとってのおやつは、店で買うものではなく、山の自然そのものだった。それは、ただの食べ物の話ではない。どこに何があるか。誰が先に見つけるか。どう分けるか。そういうことを、子ども同士で覚えていく。年上の子が年下の子を見る。年下の子は年上の子の背中を見る。そこには、教室とは違う小さな社会があった。

三角ベースもやった。立派な道具などなくても、そこにあるもので遊びは始まった。バットの代わりに木の棒を使う。それでも楽しかった。むしろ、足りないからこそ工夫した。足りないからこそ、誰かと相談した。足りないからこそ、遊びが自分たちのものになった。私は、便利な時代を否定したいわけではない。けれど、友達と顔を合わせず、それぞれが自分の画面だけを見ている姿を見ると、どこか寂しさを覚える。人間は、一人で遊べるようになるほど、豊かになったのだろうか。

人付き合いは、きれいな言葉だけでは育たない。少し面倒な相手と遊ぶ。年の違う子と混ざる。負ける。譲る。腹を立てる。それでも、また一緒に遊ぶ。そういう時間の中で、人は他人の存在を体で覚えていく。思いやりは、道徳の時間だけで育つものではない。人の中で転び、人の中で笑い、人の中で覚えるものだ。

第七章
思いやりは、失敗を覚えている

思いやりは、きれいに生きた人の言葉ではない。人は、年を重ねると、いかにも立派なことを言いたくなる。人に優しくしなさい。思いやりを持ちなさい。どれも間違ってはいない。だが、それだけでは言葉が軽い。思いやりという言葉には、本当は痛みが含まれている。誰かを大切にできなかった記憶。自分の感情を抑えられなかった恥。そういうものを通っていない思いやりは、ただの標語になってしまう。

私は、教壇に立つ仕事をしてきた。人を教える立場にいると、自分が正しい側にいるような錯覚を起こすことがある。生徒を導く。間違いを正す。将来のために叱る。そういう言葉は、いかにももっともらしい。だが、その中に自分の怒りが混じっているとき、人はそれを教育だと思い込んでしまう。

私には、今も悔いとして残っていることがある。かつて、二人の生徒を感情的に殴ってしまった。大した理由ではなかった。教育上どうしても必要だったというより、個人的な感情が先に立った。腹が立った。その勢いで手が出た。今から思えば、教師としてまったく情けないことだった。当時は、今よりも体罰に対する感覚が鈍かった。だからといって、それで許されるわけではない。時代がそうだった、という説明はできる。だが、説明できることと、胸の中で許せることは違う。殴ったほうは覚えている。私は、今でも会えるなら謝りたいと思う。

だから、私が「思いやりが大切だ」と言うとき、それはきれいごとではない。できなかった人間として語っている。人は、行動の中身だけで判断されるのではない。その行動の奥に、どんな気持ちがあったのかが問われる。叱ることもある。だが、そこに相手を思う心があるのか。ただ自分の怒りをぶつけているだけなのか。その差は、外からは小さく見えても、人間としては決定的に大きい。思いやりとは、相手の前に立ったとき、自分の感情をそのまま武器にしないことだ。私は、失敗を忘れない人間でありたい。思いやりとは、忘れられない後悔から始まる知性である。

第八章
腹を立てないという知性

腹を立てた瞬間、人は相手ではなく、自分の未熟さに負けている。怒ることは簡単だ。正しさを握りしめて、相手を責めることも簡単だ。気に入らない人を遠ざけ、自分と違う意見を切り捨てることも、いまの時代ではむしろ自然に見える。だが、それで人は本当に強くなっているのだろうか。私は、強さとは、相手を打ち負かすことだけではないと思っている。むしろ、腹を立てずにいられること。敵を作らずにいられること。そこに、人間の知性がある。

若いころの私は、人と接することに苦手意識を持っていた。誰とでも自然に話せる人間ではなかった。その感覚が変わったのは、里見弴氏との出会いが大きかったと思う。里見氏は、世間では大きな名を持つ作家だったが、気取ったところがなかった。こちらを温かく迎え、話を聞いてくださった。私は、その姿に触れるうちに、人と接することへの苦手意識が薄れていった。壁を作らなくていい。そう思えるようになった。

もちろん、誰にでもよい顔をしていると言われることもある。八方美人だと言われれば、そう見えるのかもしれない。だが、私はそれでもいいと思っている。人をむやみに傷つけないための八方美人なら、それも一つの生き方ではないか。人間関係を壊すのは、大きな事件ばかりではない。小さな怒りである。そこで腹を立て、相手を敵にしてしまう。すると、本当は話せたはずの人とも、もう話せなくなる。

私は、腹を立てないことを、自分の一つの哲学だと思っている。これは、何も感じないということではない。ただ、その感情をすぐに相手へ投げつけないということだ。一瞬のすっきりのために、長く続いた関係を壊してしまうことがある。敵を作らないというのは、弱さではない。むしろ、人と切れずにいるための強さである。世の中は、すぐに敵と味方を分けたがる。けれど、人間はそんなに簡単に分けられるものではない。誰の中にも弱さがあり、間違いがあり、事情がある。思いやりとは、相手を好きになることではない。嫌いになりそうな相手を、すぐ敵にしないことだ。

第九章
高い壁は、登ってみるためにある

壁は、人を止めるためではなく、手を伸ばさせるために立っている。人生には、何度も壁が現れる。進学、仕事、人間関係、老い、病気、別れ、失敗。誰もがどこかで「これは自分には無理ではないか」と思うものに出会う。壁の前に立つと、人はまず見上げる。そして、見上げているうちに、壁はさらに高くなる。けれど、壁の高さは、目だけで測ってはいけない。近づけば、凹みがある。手をかける場所がある。誰かが先に登った跡があるかもしれない。登れるかどうかは、手を伸ばしてみて、初めてわかる。

私は、若い人に何を伝えたいかと問われれば、まずこう思う。偉い人を、偉いと思いすぎるな。高い壁を、登れないものだと決めつけるな。もちろん、敬意を失えという意味ではない。相手を尊敬しながら、それでも自分を必要以上に小さくしないということだ。世間で大きな名を持つ人も、目の前に立てば一人の人間である。近づかなければただの巨大な影に見える。だが、近づけば、そこには人がいる。言葉がある。温度がある。

私が里見弴氏に会いに行った経験も、結局はそのことを教えてくれた。最初から自信があったわけではない。ただ、このままではいけないという思いがあり、一歩踏み出した。その一歩が、後になって私の中に残った。行動は、いつも勇ましいものではない。不安を抱えたまま電話をする。恥をかくかもしれないと思いながら人に会う。そういう小さな行動の積み重ねが、人を少しずつ変えていく。大切なのは、壁をなくすことではない。壁の前で、自分を終わらせないことだ。

そして、壁を登るときに必要なのは、力だけではない。敵を作らないこと。腹を立てないこと。思いやりを持つこと。自分の正しさだけで相手を押し切らないこと。そうした態度が、人生の道をふさがず、少しずつ開いていく。人は、何かを持っているから動くのではない。動いたあとに、ようやく自分の持ち物が見えてくる。誇れるものがないと思うなら、そこで立ち止まらないほうがいい。何もないと思う場所からしか、始まらない道もある。あなたがいま見上げている壁は、本当に登れないものなのか。それとも、まだ手を伸ばしていないだけなのか。登ってみましょう。その先にしか、見えない景色がある。

高い壁は、見上げるためにあるのではない。登ってみるためにある。

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