東京都
医師
医療の倫理を問い続けた人。善意が人を傷つけるとき、最後に残るもの。医者は、神じゃない。
第一章
医者は、神じゃない
人を助けようとした行為が、人を傷つけた場合どうなるか。裁かれることがある。医療の現場に長くいると、その残酷さを何度も見る。医者は神ではない。どれほど注意しても、どれほど患者のためを思っても、すべての結果を思い通りにすることはできない。良くなると思って選んだ治療が、良くならないことがある。それでも世の中は、ときに結果だけを見る。なぜ悪くなったのか。誰の責任なのか。そうやって、善意の中身を見ずに、結果だけで人を裁こうとする。
もちろん、医者は責任の重い仕事である。命を預かる以上、軽い気持ちで判断してよいことなど一つもない。それでも、人間の体は計算通りには動かない。病気は教科書通りには進まない。治療には、いつも不確かさがある。だからこそ医者に必要なのは、技術だけではない。知識だけでもない。最後に問われるのは、そこに人間を不幸にしないための道徳があったかどうかだ。
私は、悪い結果をすべて免責すべきだと言いたいのではない。怠慢も、無責任も、隠蔽も許されない。ただ、患者を助けようとして必死に選んだ道まで、結果が悪かったという理由だけで罪のように扱う社会は、どこか危うい。医療だけの話ではない。仕事でも、家族でも、介護でも、人は誰かのために選び、失敗し、責められる。だから問いたい。私たちは、結果だけで人を裁いていないか。善意の奥にあった道徳を、見ようとしているか。
第二章
善意は、ときどき人を傷つける
肩書きで人を黙らせられなくなった時代に、医者に残る価値は道徳しかない。昔の医者は、ただ白衣を着ているだけで特別な人間のように見られた。今は違う。医者も普通の職業の一つになった。私は、それでいいと思う。むしろ、偉いと思われていることに甘える医者ほど危ない。
患者が知識を持ち、疑問を持ち、説明を求める時代になったことは、医療にとって悪いことではない。ただし、地位が下がったからといって、責任まで軽くなるわけではない。心臓移植も、遺伝子医療も、卵子や精子の保存も、医療は人間の生まれ方や死に方にまで踏み込んでいく。便利になった分だけ、判断は重くなる。
だからこそ、医者は偉い人である必要はないが、倫理を失ったただの技術者になってはいけない。信頼は肩書きではなく、毎日の判断でつくられる。人間の命に触れる仕事は、地位ではなく、道徳でしか支えられない。
第三章
命の前で、金を見るな
命を扱う仕事で一番見苦しいのは、患者より点数を見ることだ。医療には金がかかる。そこから目をそらしてはいけない。一人の患者に何千万円もかかる薬がある。よく効くなら使いたい。しかし、それを多くの人に使えば、保険財政はもたないかもしれない。命は金で測れない。だが、金の限界を無視して命を守ることもできない。
だから医者は、きれいごとだけを言っていればいい職業ではない。高い薬を使うのか、安い薬で十分なのか。その判断の奥に、医者の欲が混じってはいけない。安い治療で患者のためになるなら、安い方を選べばいい。医者の儲けが少なくなることは、大した問題ではない。
保険制度は、患者だけでなく国民全体が支えている。だから一人の診察室の中にも、社会の財布がある。経営は必要だが、目的ではない。患者を選び、金になる治療を選び、点数の高い方へ流れていくなら、それは医療ではなく商売である。だから、最初から金儲けを主に考えるなら、医者になるのは控えた方がいい。金を否定しているのではない。金に支配された瞬間、医療は人間を助ける仕事ではなくなると言っている。
第四章
献身は、家族を置き去りにする
誇れる仕事ほど、家族に同じ道を勧められないことがある。私は医者という仕事に悔いはない。患者に尽くしたという思いもある。だが、自分の娘たちに、ぜひ医者になれとは言わなかった。どうしてもなりたいなら止めない。しかし、すすめはしない。
その理由は、医療がきれいな使命感だけでは続かない仕事だからだ。重症の患者を受け持てば、夜に泊まり込む。救急外来から呼ばれれば、二十四時間でも動く。昔の医者は、体が丈夫でなければまず務まらなかった。患者のために家を空ける時間が増え、子どものことはほとんどできなかった。家内には申し訳なかったと思っている。これは後悔ではない。美談の裏にある代償を、見ないふりはできないということだ。
人の命を救う仕事は尊い。だが、その尊さは、ときに身近な人の時間を奪う。医者の献身を美談だけで語ってはいけない。患者を救うために、別の誰かを寂しくさせることがある。人間を不幸にしない道徳は、患者だけでなく、医者の家族にも向けられなければならない。
第五章
真実は、刃物になる
真実が、いつも人を救うとは限らない。私は、患者にはできるだけ説明してきたつもりだ。病気のこと、治療のこと、体に起きていることを、なるべく隠さず伝える。それは大切なことだと思っていたし、今でもそう思う。患者が何も知らされずに医者に任せるだけの時代へは、もう戻らなくていい。
ただ、説明すればすべてが正しくなるわけではない。がんであることを告げれば、患者が精神的に折れてしまうことがある。言わなければ、なぜ良くならないのかと誤解され、恨みを買うこともある。患者の知る権利と、患者を守る配慮は、ときに同じ方向を向かない。正直さにも技術がいる。
医者が楽になるためだけなら、真実を言ってしまえばいい。しかし、それで患者を不幸にするなら、言葉は刃物になる。黙ることも苦しい。話すことも苦しい。その間で、医者は悪者に見えることがある。私は、それを避けたいから説明するのではない。患者を不幸にしないために、言うべきことと言ってはいけないことの境目を、最後まで考えなければならないと思っている。
第六章
できないと言える医者であれ
専門家の値打ちは、できることを誇るより、できないことを認めるところにある。治せない病気に、治せるような顔をして向き合うことは、患者に対して誠実ではない。神経の病気には、診断はついても治らないものが多い。筋ジストロフィーのように、個人の内科医が根性で追いかければ解決するものではなく、もっと根本の理学、生物学、遺伝子の研究が必要になるものもある。
そこで無理に看板を掲げれば、患者は期待する。期待させた先に、何もできない現実があるなら、それは患者を不幸にする。専門家とは、万能の人間のことではない。自分の限界を知り、それでもできることを探す人間のことだ。
できないことを認めるのは、逃げではない。患者を自分の名誉の道具にしないための道徳である。できるふりをして信頼を集めるより、できないと告げて別の道を探す方が、よほど勇気がいる。医療の誠実さは、治した数だけでなく、引き受けなかったものにも表れる。
第七章
病気だけ見ても、人間は救えない
病気より先に、人間を壊しているものがある。血圧や血糖値だけを見ていても、人がなぜ苦しんでいるのかは見えない。生活の環境、社会の制度、介護の不足、働き方、貧しさ、地球温暖化、そして戦争。人間を不幸にするものは、診察室の外にもいくらでもある。
医者が戦争や独裁を語ると、余計なことに見えるかもしれない。だが、命を助ける仕事をしている人間が、人間を殺し、不幸にする仕組みに無関心でいていいはずがない。医学は、ただ体を修理する技術ではない。根本には、人間を助けたいという道徳的な観念がある。自分の国だけがよければいい、力で奪えばいい、反対する者を潰せばいい。そういう考えが広がれば、病気を治しても、人間は別の場所で壊される。
目の前の患者を救うことと、世界の不道徳に怒ることは、私の中では切れていない。患者を不幸にしないということは、病気だけを見ないということでもある。そこまで見て、初めて人間を診ることになる。
第八章
延命が、人を苦しめることもある
命を延ばすことが、いつも人間を幸福にするとは限らない。医療は命を救うためにある。これは間違いない。苦しむ患者がいれば助けたい。まだできる処置があれば試したい。だが、治らない病気がある。苦しみだけが続く状態がある。意識も言葉も奪われ、本人らしい生を送ることができない人もいる。そのとき、医療はどこまで命を引き延ばすべきなのか。これは医者一人が勝手に決めてよい問題ではない。
決して、個人の気持ちで命を終わらせてよいという話ではない。だからこそ、社会として考える必要がある。法的な手続きがあり、本人の意思が尊重され、家族や専門家が慎重に関わり、その上で人間の幸福のために選択肢を持つことは、考えられてよいのではないか。
命は尊い。だからこそ、苦しみを見ないふりしてはいけない。延命という言葉は、ときに医療の正しさに見える。しかし、延ばした先にあるのが苦痛だけなら、それは本当に患者のためなのか。人間を不幸にしない道徳は、命を粗末にすることではない。むしろ、命を重く見るからこそ、死の扱いから目をそらさないことだ。生かす技術を持った社会は、どう死ぬかという問いにも責任を持たなければならない。
第九章
正解がない場所で、人間が出る
肩書きも、収入も、技術も、最後には人を救う理由にはならない。医者は偉い人ではなくなった。医療には金がかかる。患者のために尽くせば、家族の時間を失うこともある。真実を言えば傷つけ、言わなければ恨まれることもある。治せない病気があり、社会には人間を壊す仕組みがあり、命を延ばすことが幸福とは限らない。
それでも医者は、目の前の人間を不幸にしないために考え続ける。正解はいつもあるわけではない。むしろ、正解がない場所でどう振る舞うかに、その人間の道徳が出る。
私は医療を、ただの技術だとは思わない。人間を助けたいという願いがなければ、医療は危うい力になる。最後に残るのは、道徳だけだ。それは医者だけのものではない。
正解がない場所でどう振る舞うかに、その人間の道徳が出る。
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